07-03. 戦を知る者
出発して程なくして、リヴィとウェラは眠ってしまった。タナさんも疲労が出たのか、俺の膝を枕にして横になっている。俺はというと、このムーディな振動による腰への蓄積ダメージを心配しているところだ。
タガート隊長によれば、途中でいくらか補給活動をするにしても、順調にいけば半月程度で目的地に到着できるだろうとのことだった。
その日は結局さほど進むこともなく、夜になってしまった。さすがに初秋である。日が落ちるのが早い。さっきの一件もあるし、第一にタガート隊長たちは今日到着したばかりだ。無理はさせたくなかった。
「我々はたまたま近くの街におりましたからな。それほど無理はしておりませんよ」
タガート隊長は焚き火に枯れ枝を放り込みつつ言った。
「道理で、いくらなんでも到着が早すぎると思った」
「それも、縁さね」
タナさんが例のトウモロコシの粉でスープを作っている。
「良い縁であることを祈りたいですな」
スープを受け取りながら、タガート隊長は言った。俺は頷く。視界の隅で、焚き火がぱちりと爆ぜた。
「ところで、俺のことはどこまで?」
「脈絡なく来ますな、殿下」
「……もういい」
俺は肩を竦める。タガート隊長はニヤリと笑う。
「ティナ、ジョルジオ、お前らは休め。朝方はお前たちが立て」
例の夫婦はティナとジョルジオか。一応覚えておこう。
「ああ、紹介がおくれましたな。そこの偉丈夫がダラス、今見張りに立ってる、ひょろっとした方がアメニデ、ずんぐりしたのがオルトです」
「全員達人なんだろう?」
「もちろん。うちの中隊は王国騎士でも最精鋭。大船に乗ったつもりで!」
「信頼してるさ。なにせ俺が腰痛だから」
「災難ですなぁ」
くっ、他人事みたいに……。
「パパはな、隊長。ママの心の支えやからな!」
干し肉を配り歩きながら、リヴィが言う。
「ママを超パワーアップさせる謎の薬みたいなもんやで」
「謎の薬って、お前な」
人を何かの薬物みたいに。
「ああ、ところでリヴィは」
「ん?」
「俺のことは? 聞いてたのか?」
「で・ん・か!」
リヴィは「むふー」とか言いながら俺にすり寄ってくる。
「パパ、王子様やってんなー? ウェラの風の精霊さんがいちいち実況してくれとったわ」
余計なことを……とは思ったが、でも、いずれ知らなければならないことだった。一つ肩の荷がおりたような気がしないではない。
「血のエライアソン。まさかあの戦争で生き延びていたとはさすがに思いませんでしたよ」
タガート隊長は言う。
「あのベレム砦の戦い。私も一兵士として参戦していたのですよ、殿下」
「殿下はやめてくれ、エリソンでいい」
「エリさん」
「エリソン」
「どっちでもいいじゃないですか」
タガートは笑う。その憎めない笑顔を見せられると、何故か許してしまう。タガート隊長はスープを飲み干すと、干し肉を持って部下たちのところへ行ってしまった。
焚き火の前には、俺とタナさん、リヴィとウェラの四人が取り残される。
「ウェラもリヴィも、怖くないのか?」
「こわい?」
焼いた干し芋をかじっているウェラが、目を丸くする。
「俺が人間じゃないっぽいことさ」
「なんだ」
ウェラはニッと笑う。やっぱりリヴィに似てきた。
「ウェラはパパが好きだよ。悪魔とか魔女の子とかどうでもいいの。パパはウェラのパパだから」
「ウチもやで。パパが世界で一番好きな男の人や。いまんところな」
「ありがたいね」
俺はタナさんを見る。タナさんはそんな俺たちを微笑んで見ていた。ふわりふわりと揺蕩う炎の影が、タナさんを輝かせている。
「でもなー、パパが三枚目でよかったわ」
「うぐっ、いきなり刺してくるなよ」
「よかった言うてるんやで。もしな、パパがカディル審問官くらいのイケメンやったら、ウチ一生親離れできひんよ」
それはフォローか? フォローなのか?
複雑な気持ちで俺は焚き火を見る。タナさんは……というと、うつらうつらし始めていた。タナさんは未だ呪いの返しから抜けきれていないのだろう。
そんなタナさんに膝枕したり、寝ている娘たちに毛布をかけ直したりしている内に、気がつけば夜明けだ。途中途中でいくらか寝たが、そのたびに二十年前の夢によって叩き起こされた。昼間、タガート隊長から「ベレム砦の戦い」について聞いてしまったからだろう。
「べレム砦、か……」
俺はそう呟いて、重たい瞼に抗った。今は寝たくない気分だった。




