06-13. 銀の翼の悪魔
タナさんは穏やかな表情と声で、リヴィに伝えた。
「だからね、そもそもこんなところで死んじゃいられないんだよ」
「……りょーかいしたわ」
リヴィは「しゃーないなー」と何故か俺を見てニヤリとした。そして隣の幼女に声を掛けて、広場を脱出していった。
「さぁ」
タナさんが一つ深呼吸をした。
「魔力がいよいよ濃くなってきた。おでましさ」
「何が来るんだ? また魔女か?」
「いいや」
タナさんは首を振る。
「本体――悪魔が来る。ドミニアという憑代を失った化け物がね。魔女と共に滅ばないとは、こいつは相当さ」
「……どうするつもりだ、タナさん」
「殴ったところで泣いて逃げ帰ってくれる手合じゃあないさね」
この期に及んで悠然たる姿勢を崩さないタナさんは、やはりタダモノではない。
「何か策は?」
「ないよ?」
「ないのかい」
苦笑してしまう。まぁ、ないとは思っていた。
「なぁ、タナさん。こういうのを訊くのもどうかなって思うんだけどさ。俺、何してたら良い?」
「そこの噴水のトコに座ってさ。話でもしようよ」
タナさんの指差す先、つまり俺の後ろでは、空気を読めない噴水がたらたらと水を流していた。俺と腕を組んで、タナさんはその噴水の縁に移動する。
「空がまた暗くなってきた」
「濃いねぇ。こんなのは初体験さ」
魔力が濃い、という意味だろう。俺たちは噴水の縁石に腰を下ろし、空が闇に染まっていくのをのんびりと眺める。
「真っ暗になったな」
「悪魔の色は、闇より暗い」
タナさんは歌うように言う。そこに危機感はまるでない。俺もどこか調子を崩されて、緊張する間合いを見失ってしまった。
「これだけ暗いのに、タナさんや噴水はよく見える。町はまるで見えないけど」
「認識の問題さ。アタシには町の様子が全部見えてる。……ひどいもんさ」
「この町のことはクラインたちの仕事だな」
彼は無事だろうか。いや、クラインのことだ。どうやったって死ぬことはない。カディル審問官や王国騎士も気になる。
「王国騎士たちはいい仕事をしているよ。町の兵士を束ねて救助活動中だ。誰も彼らには抵抗しないねぇ」
「そりゃ天下の王国騎士だからな。一緒に仕事したなんて言ったら、三代先まで語り草だ」
あの浅黒い肌の隊長、顔も知らない五人の騎士。王国騎士の地位は、それぞれが血を吐くような鍛錬と実戦の日々を経て掴んだ栄光だ。そのくらい評価したってバチは当たるまい。そしてこんなところで彼らを失うわけにはいかない。
俺たちの後ろでは水の音が聞こえている。なんとなしの癒やしだ。
「カディルも生きてるか?」
「いい汗流してるね」
「それはなにより」
悪魔ってどんなやつだろうなと思いながら、俺たちは待つ。
「ほら、きたよ」
タナさんは静かに上を指差した。
「あれって……悪魔なのか?」
神々しい――舞い降りてくるそれの姿への第一印象はこれだった。よく見るまでもなくグロテスクなのに。
光の柱を下ってくる、四枚の銀翼。両手、そして両足には黒い枷。白一色の身体には、黒銀の襤褸を纏っている。両目には剣や槍がコレでもかと突き刺さっていて、猿轡まで噛まされていた。
身の丈はさっきの竜にも匹敵する。俺が十人縦に並んだくらいはあるだろうか?
とにかく全てが醜悪で不調和だった――その四枚の銀翼以外は。
「タナさん、この剣を」
「いや、エリさんが持ってたほうが良い」
タナさんは俺の差し出した剣を掌で押し返す。
「しかし、それじゃ」
「役に立たない事を祈ってなよ、エリさん」
「……捨てたほうが良いかな?」
「バカ言ってんじゃないよ」
タナさんはそう言うと、白い悪魔を前にしながらも、俺の頬に口付けた。




