06-12. 討伐
思わず前のめりになって、大切なその名を呼ぶ。
「タナさん!」
「あんたたちは自分を護りな!」
タナさんはその極太の槍のような光を器用に避けつつ、竜に肉薄する。だが、竜――ドミニアもじっとしているわけではない。鉤爪や牙で、タナさんに襲いかかる。
「無茶だ、タナさん!」
「ドレスがほつれたくらいなんだってのさ!」
タナさんはそう言うと、ドレスの膝から下を、ガルンシュバーグで強引に切り裂いた。ほつれたとかいうレベルではない。
「お気に入りだったんだけどねぇ」
タナさんの動きは、神がかっていた。まるで竜を狩るためだけに訓練を重ねてきた騎士のように、ドミニアの動きを完全に読み切っている。それもこの場に漂う濃密な魔力の補助によるものなのだろうか。
「エリさん」
前を向いたままタナさんがハッキリと俺を呼ぶ。
「な、なんだ?」
「アタシの人生、悪くなかったよね?」
「死ぬ気じゃないだろうな?」
「質問に質問で返すな……っ!」
タナさんは静かに言うと、ガルンシュバーグをくるりと回した。そして一閃する。竜の吐く光のブレスに勝るとも劣らない閃光が剣から放たれる。
『ぐっ……!?』
ドミニアの呻き。小さくないダメージが入ったようだ。
「エリさん。あんた、アタシの過去を聞いた時、運命だって言ったよね。それ、アタシも今すごく実感してる。この運命、この縁。それが悪くない――いや、とんでもなく素晴らしいものだってことをね。アタシは幸せさ。いつ最期を迎えたってかまやしない。そう思ってる」
「タナさん……!」
「だからあんたは、アタシを支えて、そして、見届けておくれ」
ガルンシュバーグが打ち下ろされる、それは竜の右の前腕を切り落としていた。バランスを失った竜は、たまらず地面に転がる。
「死ぬか、生きるか。アタシはずっとその選択を繰り返してきた。疲れ果てて、もうどっちでもいいやって思いながら、なんとなく生きてきた。だけどね、今は違う!」
タナさんは再度剣を振り上げる。ドミニアの放つ輝きを受けて、刀身が光り輝く。
「アタシは、生きる! それを邪魔しようというのなら! 死んでしまえ!」
竜の顎が開く。その奥には青白い光が見えた。超高熱の火炎が――。
「ママ!」
リヴィが飛び出そうとするのを押さえたのはウェラだった。驚いたリヴィの足が止まる。
「ウ、ウェラ?」
「だいじょうぶ」
ウェラは短くそう言った。
「ママは、絶対に負けない」
「せやかて!」
「信じろ」
俺はリヴィの肩に手を置いた。
「せやかて!」
青い炎がタナさんを包んだ。その余波は俺たちを下がらせる。熱すぎて近付けない。
「ママ!」
リヴィが叫ぶ。ウェラはただじっと炎の中心を見ていた。俺は……何かできただろうか。だが、不思議なことに、俺はほんのわずかも取り乱していない。この冷静さには俺も驚いた。
炎は唐突に消えた。
「哀れな魔女さね」
煙を上げる地面に佇んでいたのはタナさんだ。その剣の先には、人間の髑髏が刺さっている。文脈からして、ドミニアの髑髏だ。そして空は急速に青さを取り戻し、後には焼け焦げた都市が残る。
「終わったのか?」
「いや」
タナさんは首を振る。そして、剣に刺さった髑髏を地面に叩きつけて粉砕した。鳥肌を禁じ得ない悲鳴のようなものが聞こえたが、気のせいだと思いこむことにする。
「まだだよ、エリさん」
「ドミニアは?」
「あいつは倒した」
タナさんはそう言うと、ガルンシュバーグを俺の持っていた鞘に戻した。
「これは……つくづく禍々しい剣だよ」
「パパの剣っていわくあるん?」
リヴィが訊いてきたが、俺は何も言えない。タナさんはそんなリヴィの炎のような赤毛を軽く撫でる。
「エリさんもアタシもね、とんでもない咎人なのさ」
「そ、そうなん?」
リヴィは目を丸くする。
「パパなんて、こないに腰が悪いのに?」
「悪くなかった時期もあるんだよ」
俺は思わず言った。リヴィは「そうか」と頷いて俺を凝視する。青い瞳が俺を射抜く。
「ま、ええわ。興味がない言うたら嘘やけど、気ぃ向いたら話してや」
「ウェラもリヴィと同じだよ。でも、だいじょうぶ」
ウェラは小さく、またあのエルフ語の祈りを唱えた。
「精霊さんが認めたパパとママだもん。世界に必要とされてる人たちだもん。それに――」
「世界より何よりもまず、ウチらが必要としてるからな! ウチら、まだ巣立ってやらんで?」
リヴィはウェラの髪をくしゃくしゃにしながら言った。ウェラは不満げな顔をしつつも、すこしだけ表情を緩めていた。
「さて、ウェラ、リヴィ。来てもらったところで悪いんだけど、王国騎士と合流して待ってな」
腕を組んだタナさんが言う。
「え、せやけど、ウチらも」
「うん、気持ちは受け取るよ、リヴィ。でもね、残念なことに、このパーティは大人以外立ち入り禁止なのさ」
タナさんの言葉に、リヴィはしばらく迷ってから頷いた。
「せやけど、ママ。約束や。必ず――」
「意味のない約束さね」
リヴィの言葉を切って捨てるタナさん。リヴィは硬直している。
「でも、一つだけ言っておいてあげようじゃないさ、リヴィ」
「……?」
「アタシには絶対に叶えたい願いがある」
タナさんはハッキリとそう言った。それは願掛けとやらの事だろうか――。
焦げ臭い風が、広場を吹き抜けていった。




