06-11. 竜
エリさん、と、タナさんが呼ぶ。その左手は俺の腰に添えられている。
「エリさん、一応確認するけどさ――」
「確認無用さ、タナさん。俺は、こいつをただじゃおかない」
俺は頷いた。そして一歩前に出る。
「ドミニア。おとなしく眠りにつくならば良し。さもなくば」
『魔女の子だからといって、わたしに勝てるとでも?』
「おっと、ドミニア」
タナさんは俺の肩越しに声を放つ。
「あんたほどの魔女が気付いてないとは思わないんだけどさ。エリさん――ってのは、アタシの旦那だけどね。この男は悪魔の子でもあるんだよ。魔女と悪魔の間にできた子だよ」
『そんなことが――』
「おやおや。二百年も封印されてて鈍っちまったかい? ねぇ、エリさん」
「ああ」
俺はようやく観念した。いや、観念できた。
「今となっちゃ真偽の程は確かめる手段はない。が、ね。俺は物心ついたときから悪魔の子と呼ばれていたよ」
『それは――』
「エリさんがちょいと腰痛を我慢して、その呪いの剣を引き抜けば。あんたの存在なんて簡単に消えちまうだろうさ。だったら、その大望を抱えて百年くらいはおとなしくしてた方が良いと思うのだけれどねぇ?」
タナさんは静かな口調で言う。が――。
この魔女に罪の概念はないか。
俺は肩を竦める。そんな俺の隣に再びタナさんが並ぶ。やはり隣にいてくれると心強さが違うなと思った。
「奇遇だね」
タナさんは微笑む。
「アタシもそう思うよ、エリさん」
「心を読んだな?」
「読まれて困る?」
「いや」
俺は首を振る。敵わないなと。
『――貴様らの考えはよくわかった』
ドミニアはそう言うと姿を消した――わけではなかった。広場を覆っていた炎が寄り集まり、また、街を焼いていた炎も集結していた。結果、俺たちの目の前には、ちょっとした風車のような大きさの光の球が生まれていた。それはドクンドクンと規則的な拍動を繰り返していた。
だが、そんなことより――。
「パパ、ママ! 無事かいな!?」
駆け寄ってくる二つの影。リヴィとウェラだ。二人とも走れるくらいには元気なようで安心した。だが、顔は煤け、服は一部が焦げている。
「こっちは今のところは無事だ。異端審問官や騎士は?」
「人々の避難誘導中や。パパとママが見えなくなってる間に、都市はえらいことになってたんや。町の半分が焼けてしもうた」
「そんなに?」
その時、タナさんが俺の剣に触れた。
「おしゃべりは後さね……!」
タナさんが長剣を抜くのと、光の球が弾けたのは同時だったと思う。ガルンシュバーグの刀身は艶めかしいほど濡れていた。それが光の奔流を受けて輝いている。
「間一髪!」
タナさんは俺たちの先頭に立っていた。ガルンシュバーグを中心とした半球系の中に俺たちはいる。光が俺たちを避けている。
「てか、この剣にそんな力が?」
「この剣は、魔女への怨嗟でできているのさ。まったく、予想通りで助かったよ」
呪いの力が、魔女の力を退けた? なんか不毛な気がしないではないが、結果オーライではある。
「パ、パパ、あのな……」
リヴィが俺の背中をつつく。
「竜が……おるで……」
光の隙間に目を凝らすと、確かにそれはいた。竜を直接見たことはないが、書物に記されていたものとそっくりだった。そしてそれは、想像以上に巨大だった。その指の一つが俺とほぼ同じ大きさである。
「竜族ってみんなあんなに大きいのか?」
「ウチも純血の竜族は見たことがないんねやけど、せいぜい小さな家くらいやって聞いとる」
「大きさはともかく、ドミニアは……竜族だったってことか」
二百年前の魔女。そして竜族。ただでさえ高い魔力を有する竜族が魔女になった様は、さぞや恐ろしかっただろう。道理で、葬った場所が隠匿されていたわけだ。
「やれやれ、大物さね」
タナさんはガルンシュバーグを大きく振るった。それは例の光の津波を引き裂き、押し戻していく。
「タナさん! 無茶するな!」
巨大な竜を前にするタナさん。俺たちは身動きが取れない。まして俺は、武器もない。懐の短剣でどうにかなる相手じゃない。
光の竜が口から青い光を吐き出した。




