06-09. 魔女たちの目論見
ふぅん――そんな声が聞こえた。タナさんのものだ。
「それじゃ、聞かせてもらおうじゃないか、魔女ドミニア。もしアタシたちが、あんたと争わない、手も組まない。そういう選択をしたとする。そうしたらあんたは何をする?」
『わたしは多くの代償を必要としている。貴様ら以外の命は全て貰い受ける』
なるほど、魔女だ。
俺は首を振る。タナさんは泰然自若たる態度を崩さない。
「あんたもバカさね、ドミニア。そんな事を言われてアタシたちがはいそうですかと言うとでも?」
『魔女ならばわかるだろう。彼らの命など、代償となるほかに何の価値もないと』
「アタシはね、魔女は引退したんだよ」
タナさんは静かに言った。そこには何の感情もない。
『魔女を引退? 不可能なことを言うものだ。魔法は常に魔女と共に在る。そして魔女の血はすなわち魔力。死してなお、永劫に我らは魔女なのだ』
「何事にも例外はあるさね」
タナさんは腕を組んで、その光のシルエットを見下ろしている。その口調はまるで子どもに説教する母親だ。
「アタシは魔法にはもう金輪際、頼らない。悪魔には一欠片の餌もくれてやるつもりもないさね」
『すでに、貴様は――』
「はははは!」
タナさんが笑う。轟々たる炎の内側で、黒衣の元魔女は笑う。
「アタシはそんなにがめつくはないさ。そしてアタシはそれだけ償わなきゃならない。だからねぇ、ドミニア。アタシはこれ以上、魔女による犠牲者を出させるわけにはいかないんだよねぇ」
『人間は多くの魔女の命を刈り取ってきた。我々は相容れぬのだよ』
「そうかねぇ?」
『だが、貴様らが我々と手を組めば、魔女狩りなどの不毛にして不遜なことの起きぬ世界が実現できるだろう』
「よく言えるよ」
俺とタナさんが同時に言った。タナさんは俺を見て、頷く。俺が言葉を続ける。
「教会とグルになって、魔女狩りのサイクルを回し続けてきたのは、お前たちじゃないか」
『ヴァルナティの力を蘇らせ――』
「うるさいねぇ」
タナさんは首を振る。
「このままアタシたち以外の命をあんたに食わせる――ありえない。あんたと手を組んでヴァルナティが云々――ありえない」
タナさんは腕組みを解いて短剣を抜いた。そしてくるりと回す。
「あんたの悪魔にくれてやる餌なんて、ひとっつもないのさ」
『なぜだ。ありとあらゆる望みが叶う機会が、今、目の前にあるというのに――』
「いらないねぇ」
タナさんは首を振る。
「アタシが欲しいのは、智慧だの智識だのじゃない。ましてや完全な世界だの新世界だの、そんな馬鹿げたものでもない」
『魔女の――それだけの魔女の力を持ちながら……!』
「こいつは、欲しくて手に入れた力なんかじゃないさね!」
タナさんの鋭い声。ドミニアのシルエットが揺らぐ。大魔女ドミニアを、タナさんは圧倒している。
「ドミニア、あんたがなぜ魔女になったかなんて、アタシは知らないし関心もない。だけどね、あんたが自分の封印を解くためにユラシアみたいな子を生贄にしたこと、それはもはや許されることじゃぁないのさ! あんたに惨めで可愛そうな過去があるとかないとか、そんなことはどうだっていい。あんたの罪過に塗れた現在が許せないのさ!」
『小物の魔女、卑陋な人間風情。このわたしのための贄となるならば、それこそ生命の本望であろう!』
「たいがいにおし!」
タナさんの鞭のような言葉が飛ぶ。
『貴様にはわかるだろう! 人間は、救いがたいほどに暗愚蒙昧であることを!』
「わからないではないさね」
タナさんは短剣をくるりと回した。
気が付けば俺は左手で腰をさすっていた。――戦えないという現実がそこにあった。




