06-07. 前哨戦
その後、俺たちは軽く食事をとってから、例の広場へと出向いた。ちょうど昼時ではあったが、広場には屋台の類は一つも出ていなかった。座り込んでいる人々もまばらにいたが、一様に疲れたような表情をしていた。もしかすると、先日のクァドラの攻撃の直接の被害者なのかもしれない。すれ違う人、遠くに見える人、誰も彼もがぼんやりとしているように見えた。
また、彼らは、タナさんを見ては怯えたような表情を浮かべた。今のタナさんは黒いドレスに身を包んだ、絵に描いたような魔女の姿である。
「服、着替えてくればよかったかねぇ?」
「めっちゃ魔女やって感じするしなぁ、今のママ」
「せやなー!」
ウェラの言葉はいよいよリヴィに近付いている。
「せやけど、ウチはママのその格好めっちゃ好きやで。かっこええし、似合うとる。元魔女の魔女狩りやな」
「そう、元・魔女さねぇ」
タナさんはそう言うと、ゆっくりと空を指差した。目が潰れそうなほどに眩しい青空が広がっている。雲も駆逐され尽くしたのか、とにかく、青い。タナさんの指を追うと、そこには一羽の鳥が悠々と舞っていた。
「鳶?」
俺が言うと、ウェラがまっさきに「ちがう」と否定した。タナさんが目を細めたのがわかる。
「エリさん、あれは鳶なんかじゃないよ」
そこにカディル審問官が六人の騎士を連れて現れる。その鎧に刻まれた紋章、燦然たる白銀のマントは紛れもない、王国騎士のものだ。
「タナ様!」
カディル審問官が空を見上げて声を張った。タナさんは鷹揚に頷いた。
「カディル審問官。あんた、自分の身は守れるかい?」
「私は異端審問官です、タナ様」
「ふふ、そういうところさ」
「……え?」
「あんたが煙たがられる理由さ」
タナさんはそう言うといきなり「抜剣!」と叫んだ。六人の王国騎士たちは何の躊躇もなくそれぞれの剣を抜き放つ。リヴィも魔法剣を抜き、ウェラはカードを用意した。カディルすら儀礼用と思しき片刃の剣を抜いている。俺は……立っているだけだ。
「エリさん」
「ん?」
「王国騎士ってのは、強いのかい?」
「国内最強クラスの使い手しかいないはずだ」
「それは、心強いねぇ!」
タナさんが言うなり、それまで痛いくらいに眩しかった空が暗転した。広場近傍にいた人々が悲鳴を上げる。
それと同時に、禍々しく歪んだ暗黒色の鎧の化け物がうじゃうじゃと現れた。
広場はたちまち阿鼻叫喚の地獄と化す。鎧の化け物は手にした剣や槍で、手近な人間を次々に屠っていく。だが、王国騎士はやはり強かった。俺たち――正確にはタナさん――目掛けて突進してきた数十体の鎧の化け物を鮮やかな剣技でまるで流れ作業のように葬り去っていく。見たこともない化け物とのいきなりの実戦であるにも関わらず、彼らは圧倒的に強かった。
「へぇ、すごいもんじゃないか」
タナさんは俺の隣で悠然と腕を組んでいる。俺は剣を杖に立っている。ちなみに腰はまだ何もしてないので大丈夫だ。俺は傍らでカードを手にしてこわばった表情を見せているウェラに声を掛ける。
「ウェラ、精霊を」
「わかった。火の精霊さん! 街の人を護って!」
『承知した!』
火の精霊が闇を裂いて広場を駆け抜ける。その巨体から繰り出される力なのか、あるいは魔力なのか。鎧の化け物が十数体で突進したが、まさに鎧袖一触という状態だった。
「大暴れだな」
「みんな護れるといいんだけど……」
「やれることはやるさ」
俺以外は――という注釈がつくのが辛い。それにしても、王国騎士はともかく、カディルが人並み以上に剣を扱えることには驚いた。俺は少し離れたところにいたリヴィを呼ぶ。
「リヴィ、カディルと組め」
「ええっ、こないなおっさんと?」
「単独では背中は護れない」
「しゃーないなぁ」
リヴィは強いが、あまりにも視野が狭い。一騎打ちならともかく、今のリヴィの技量では、ここまでの乱戦は危険だった。
タナさんは真新しい短剣を抜いていた。いつの間にやら調達していたらしい。その短剣を器用にくるくると回す。
「エリさん、そろそろ来るよ」
「気の早いことで」
俺は剣を抜こうとした。が、タナさんに止められる。
「抜かないで、いい」
「でも、俺だって」
「アレだけの剣の使い手が六人。そこにあんたが加わったって誤差の範囲じゃないさ」
「うっ……」
久しぶりにすごく刺さった気がする。が、タナさんの言っていることは間違いない。王国騎士は、やはりスーパーエリートだ。多分、今の彼らには、全盛期の俺が束になって挑んだとしても勝てやしないだろう。
「リヴィ、ウェラ、ついでにカディル審問官。こっちに戻りな。奴が来る」
その声を聞いて全員が一瞬でタナさんの周囲に集結する。王国騎士は全員が全身甲冑に重兜だったから、性別すらわからない。しかしその白銀のマントを翻して戦う姿は、やはり美しかった。
「王国騎士か。頼もしいじゃないか。カディル審問官、いい仕事をしたね」
鎧の化け物があらかた殲滅されたのを見て、タナさんはニヤリと笑う。雨でも降りそうなくらいに空気が湿ってくる。それは粘つくような、不愉快なものだった。
いや、ちがう。これは空気じゃない。これが魔力ってやつか?
「そうさ、エリさん。いわゆるひとつの、魔力ってやつだよ、これが。魔女が陥る万能感の正体みたいなものさ」
「万能感?」
「そう」
タナさんは静かに頷く。
「アタシは今、この都市の人々の意識を認識している。もちろん、エリさん。あんたの頭の中も丸見えさ」
「そんなことが?」
「あるのさ。腰のこと考えてるだろ」
「そりゃ、いつものことじゃないか」
俺は苦笑する。この状況でも苦笑できる自分の感性は、きっと歪んでいるのだろう。タナさんはフッと笑って、ウェラを振り返る。
「ウェラも何となくは感じるだろう?」
「……こわい」
ウェラは震えていた。俺はその小さな肩に手を乗せる。
「大丈夫だ。タナさんがいる」
「うん」
ウェラは素直に頷いた。俺としては格好がつかないが、今はそれを言う時ではない。タナさんはカディル審問官に身体を向ける。
「カディル審問官。この都市の真ん中にずらりとある煙突ってさ」
「はい、調べました、タナ様」
カディル審問官は、すっかり従順になっている。なんとなく癪だが、今は我慢だ。
「あれは、魔女ドミニアの鎮魂の炎です」
そういう、ことか――。俺はタナさんと目を合わせて頷き合った。




