06-04. 魔女の髑髏
クラインは立ち上がって一礼する。俺は腰を浮かせたが、タナさんに手で制止された。確かに急に立ち上がるのはよくない。
「タナさん、大丈夫なのか!?」
「ああ、よく寝たよ」
タナさんはニッと口角を上げる。どうやらかなり調子は回復したようだ。
「タナ様、実にちょうどよいところへ」
クラインが頭を下げる。タナさんは俺の隣にやってきて、「ふぅ」と腰を下ろした。まだひょいひょい動き回れるほどの元気はないようだ。
「で、魔女がどうのって聞こえたけど、何の話をしてたんだい、殿下」
「やめてくれよ、殿下は」
「はは、どうだっていいさね」
タナさんは笑う。声の張りはイマイチだったが、それでも元気になりつつあるのは疑いようもなかった。俺はクラインとの会話の内容をかいつまんで伝える。するとタナさんは、例の苦くて黒い飲み物をドアの外の従業員に頼みつつ、目を細めて言った。
「で、この都市にまつわる魔女の話だろ、エリさん?」
「この都市にまつわる魔女?」
「さすがのご慧眼」
クラインは小さく頭を下げた。この男の正体がわかって、その結果として、胡散臭さが増した。
「左様、その件をお伝えしに来た次第です」
「いいのかい、そんなことをアタシたち部外者に」
「はは、ただの権力の乱用ですよ」
クラインは笑う。俺は苦笑せざるを得ない。クラインは厳かな口調で述べる。
「この都市は、そもそもが慰霊碑なのです」
「慰霊碑? 都市そのものが?」
「肯定です、殿下。人の営みによって、その安寧によって、その魔女は封じられてきたのです」
「ちょっと待てよ?」
俺はタナさんを見る。
「タナさん、知ってたのか?」
「知ってたわけじゃないさ。アタシもね、この都市で感じてた気配はクァドラのモノだと思っていたのさ、最初は。ところが、だ。クァドラを倒しても、こうして目が覚めてみても、空気がなんかスッキリとしてない。だから、カマをかけてみたのさ」
「ははは、敵いませんな」
笑いつつ、またカップを置くクライン。
「魔女、ドミニア」
そして立ち上がって短くそう言った。俺は聞いたことがないが、タナさんはピンときたようだ。
「ドミニアといえば、エリザが探していたっていう伝説の大魔女じゃないのさ……」
「そう、二百年前に倒された強大な魔女です。その後にエリザ女公爵が起こした三つの内戦は、全てその髑髏を求めてのものだったという説もあります」
「魔女の髑髏……」
ぞっとしない。俺はハーブティのカップを持ち上げたまま硬直していたようだ。俺の手に、タナさんの手が重なって、俺はそれに気が付いた。タナさんは静かな口調で確認する。
「そして将来そういうエリザみたいな魔女が出てくると知っていた教会は、その亡骸を極秘に葬った。それがこの城塞都市というわけだね?」
「左様。そして魔女の襲来に備えるために、高度に城塞化したのです」
「なるほど」
そういう理由だったのかと俺は納得する。クラインは窓の方をちらっと見て、大袈裟に息を吐いた。
「もっとも、こんなものは本物の魔女の前では歯が立たないことが先日露呈したところですが」
「そりゃそうさね」
タナさんは首を振る。
「それどころか、クァドラの出した被害は、この都市の封印を弱めたはずだよ」
タナさんは言いつつ、立っているクラインを見上げた。そして唇を歪める。
「なるほどね。アタシたちに討伐しろってことかい。魔女ドミニアを」
「ちょっと待って、タナさん。俺、全然状況読めてない」
「頼むよ、旦那様」
タナさんの口調はどこか愉快そうだった。
「つまり、エリさん。このお役人さんはあんたの正体を知っているわけ。で、あんたは過去に傷を持ってるよね。そこに来てユラシア、クァドラとの一件。アタシたちの関与した事件のおかげで、魔女ドミニアの封印が解けかけてる」
「ああ……」
なるほど。と、呟きながら、俺はこの胡散臭い中年役人を睨んだ。
「本当に変わってないな、クライン先生」
「人はそう簡単には変わらないものですよ、殿下」
……逃げ道はなさそうだ。
「お役人。ドミニアを調伏できたら、アタシたちに何をしてくれる? まさか、正体は黙っておいてやる、だけじゃないよね」
「キンケル伯爵領内での絶対的な安全を保障しましょう」
そりゃまた大きく出たなと俺は驚く。だが、タナさんは懐疑的だった。
「お役人さんにそんな力があるのかい?」
「それがなければ、このようなことは言いませんな」
「……てことだけど、エリさん、信用できるのかい?」
「嘘は言わない男だということは知っている」
確かに嘘は言わない。だから、それだけに面倒な手合なんだ、このクラインという男は。タナさんは「ふぅん」と息を吐き、しばらく考えた。俺は「あっ」と声を出して訊いた。
「封印しなおすわけにはいかないのか?」
「斯様なことを教会がするとお思いですか、殿下」
――魔女が例外なく恐ろしい存在であることも不可欠。
となれば、今回のこの騒ぎは、魔女の脅威を喧伝するための、うってつけの材料になるはずだ。英雄役は大方あのカディルとかいう異端審問官だろう――哀れなことに。
「まさか!」
「そう」
俺の声にクラインは頷いた。
「教会はこうなることを知っていたのです」
「そういうことかい……」
タナさんの目が鋭く光った。
「大魔女エリザの復活を利用したと」
「でしょうな。とはいえ、これは私の推測の域を出ませんが」
魔女ドミニアを倒さなければ、この都市が滅び教会が笑う。魔女ドミニアを倒せば、将来に渡る脅威が取り除けたと教会が笑う。つまり、何をどう転がしても教会が喜ぶわけだ。そして何をどうやったところで、魔女狩りの大義名分はますます強くなっていく。魔女狩りというのは、人民支配の手段でもある。権力に歯向かったら、魔女狩りの名の下で合法的に始末されてしまうのだから。
「くそ」
俺は立ち上がった。ズキリと腰が痛んだが、まだ大丈夫だ。これからが本番という時に無理するわけにはいかなかったが。タナさんもそれを悟ったのか、そっと俺を支えてくれる。病人に支えられるとは情けない。
「お役人。依頼は理解したよ。だけどねぇ、それでホイホイと言うことを聞くのも癪な話さ。わかってくれるだろう?」
「それはもう十分に」
「ならさ、ちょいとあの異端審問官を呼びつけておくれよ。あんたの名前で公式に。ユラシア事件の当事者の前に馳せ参じろって」
「執政官の名目で、ですか?」
「そう。評議会のお歴々が黙っちゃいないかい?」
「黙らせましょう」
確かに、クライン相手ならば誰もが黙るだろう。反発したところで手痛い反撃を食らうだけだからだ。おそらく評議会の面々も何度も煮え湯を飲まされてきたのだろうなと想像する。
「では、私は一旦戻ります。程なくしてカディル審問官がやってくるでしょう」
そう言ってクラインは颯爽と出て行った。




