表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/71

06-02. 世界の子

 ウェラの祈りに(こた)えて現れたのは、女性の姿をした精霊だった。全身が半透明――水の精霊だろうか。


『無論――』


 精霊はそう言って、ウェラの手にしたカードを見た。


『対価は要らぬ、世界の子よ』

「え、でも……」

『我ら精霊にも、精霊の考え方がある』


 水の精霊はそう言うと、俺の隣に並び、タナさんの額に触れた。何が起きたのかはわからないが、タナさんの表情が少し(やわ)らいだ気がした。


『我々はヒトの生命を操ることはできぬ。ただ、世界の子よ、お前がそこまで()い願うこのヒトの命には、それだけの価値があるのだろう』

「ママは……ウェラの世界一大事な人なんだ。あ、パパもね」


 ついでのように付け足されたが、今はそれでいい。


『我々精霊には、ヒトとヒトの間の情はわからぬ。なれど、世界の子よ、我々はお前を悲しませたくはない。故に、手を貸すのだ』

「ありがとう、精霊さん……」

『我々に出来ることは(わず)かなれど、心配は要らぬ。魔女の()()、我々もその一部を引き受けよう』

「えっ?」


 俺たちは同時に声を出す。水の精霊は無表情だったが、少し微笑んでいるように見えなくもない。


『されどこれは生命の倫理を歪めることにもなる。それで、男よ。特別に私と会話する権限を与えよう』


 水の精霊は俺を見た。冷徹とも言えるその表情は俺の仮面(ペルソナ)なんてとうに暴いているに違いない。


『この世の(ことわり)を歪めることになったとしても、その結果、罪咎(ざいきゅう)の負債が増えることになるとしても、仮に、お前の命が代償になるとしても、この魔女を救いたいか』

「あたりまえだ」


 自然とそう言っていた。


「俺の罪が増えようが、命が削られようが、どうだっていい」

『お前の過去は(ゆる)されない』

「知っている」


 俺は首を振る。そんな事、知っている。


「たとえ負債を払いきれなくても。その結果地獄に落ちるとしても。俺は、彼女を助けたい!」

『よかろう。その覚悟、しかと聞かせてもらった』


 水の精霊は再びタナさんの顔に触れる。


『世界の子よ』

「なぁに?」


 ウェラが俺の隣で首を傾げていた。


『良き(えにし)を結んだな』

「うんっ」


 水の精霊は、そう返事してはにかむウェラの頭に手を置いた。


『お前たちの目的は知っている。案ずるな。我々はいつでもお前の味方だ、世界の子よ』

「ありがとう、精霊さん」


 ウェラはそう言ってまた微笑んだ。それは少し大人びた、憂いのある微笑みだった。


『我々に出来るのはここまでだ。我らは、即ち世界。故に(ことわり)を曲げることはできぬ。これが最大限の譲歩だ』

「だいじょうぶ、ありがとう」


 ウェラがそう言うと、水の精霊はふわりと消えた。


「精霊さん、本当にカード要らなかったのかな……」

「ありがたくとっておいたらええよ」


 リヴィが言った。


「精霊さんたちには精霊さんたちの考えがある言うてたやろ。ウェラに恩を着せたつもりでおるで」

「精霊さん、そういうことするかなぁ」


 娘二人がそういう会話をしている隙に、俺はタナさんの頬に触れてみた。


「熱が下がってる……?」


 まだ完全だとは言えないが、さっきまでのお湯が沸きそうな程の状態とは雲泥の差だった。このくらいの熱なら、俺だってたまには出す。


「ほんまや、これなら大丈夫や」


 リヴィもタナさんの額に触れて、明るい表情を見せた。


「パパの叫びが効いたんかな?」

「精霊だろ」


 俺は少し気恥ずかしくなる。しかし、ウェラはそれには否定的だった。


「精霊さん、パパと直接話してたでしょ。パパ、魔力とかないのに」

「権限がどうとか?」

「うん。精霊さんって、魔力を使って喋るから、魔力がない人とは基本的に会話しないんだって、お母さんが言ってたよ。お母さんも魔力はなかったから」


 そういうものだったのか。


「なのに、パパと喋った。それは――」

「パパの想いに打たれたっちゅーことやろか?」

「わかんないけど」


 ウェラはソファに腰を下ろして小さくあくびをした。


「ママはもう大丈夫。ゆっくり休ませてあげたら、いつものママに……戻る……よ」


 ぱたり、と、ウェラがソファに倒れた。一瞬焦ったが、すぐにただ眠っただけだとわかって胸を撫で下ろす。そんなウェラの身体に、リヴィが薄手の毛布をかけてやっていた。俺は完全に出遅れていた。


「さ、パパ」


 振り返ったリヴィが目を細める。


「ママの隣で、寝てあげてな。あ、でも、今は()()()はだめやで」

「するかよ」


 俺は思わず笑ってしまう。リヴィも「にひひっ」と笑い、そして自分のソファに横になった。


「パパ、ちょっとだけ言わしてもろて、ええ?」

「ああ」

「ウチな、パパのこと、大好きやで」

「なんだよ、あらたまって」

「今、嬉しかった?」

「あ、うん。そりゃぁ」

「せやろ?」


 リヴィはまた目を細める。


「何回言われても嬉しいやろ?」

「そ、そうだな」

「想いを口にして、伝えて、受け取ってもらって。そういうのを何回も何回も繰り返すんや」

「何回も?」

「せや。何回も、何十回も、何百回もや。自分にも他人にもな、嫌になるくらい、うんざりするくらい想いを伝えなならんねや。特にな、好きや、愛しとる、その言葉は何万回伝えたってええんや」


 十六歳とは思えないその表情と言葉に、俺は完全に囚われている。


「想いをな、何億回伝えあったところで、いつかお別れの時は来る。せやろ? その時にな、お互いにきっと後悔するんや。もっと想いを伝えておけばよかったなぁって。せやけどな、一回しか好きや言わんかったのと、一億回好きやって言えたんとでは、持ってる思い出の数が違うんや。どんだけがんばっても、お別れの時の後悔はゼロにはならへん。せやけど、嬉しい思い出は増やせるんや。せやから、パパはママにたくさん好きって言うてや」

「リヴィ……」

「ウチもな、嬉しい。パパとママが笑いおうとるのを見るのが嬉しい。好きや好きや愛しとるー言いまくって、惚気(のろけ)まくっとる姿を思い浮かべるだけで、ウチは嬉しいんや。せやから、ウチらに遠慮とかくだらんこと考えんと、めちゃめちゃイチャついてたらええよ」

「ばか」


 俺は思わずそう言って笑う。リヴィも笑っていた。


「パパはな、今んとこウチが世界で一番大好きな男の人や」

「あ……ありがとう」

「なぁ、この際やから一つ約束してもろてええ?」

「なんだ?」

「パパがウチにとって世界で二番目の人になったら、パパに泣いてもらいたいんや」

「……泣くかもしれない」


 うん。本当に。


「おおきに。それでええよ」


 リヴィはそう言って目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ