02-02. 幼女登場
その小さな姿は、走りながら両手を振って叫んだ。
「幼女とかぁぁぁぁ! いわないでぇぇぇぇ!」
「まだ言ってないし」
幼女は結構な長い距離を転がるようにして一気に走り抜けてきた。ぶっちゃけ移動力は俺の数百倍だ。そして俺たちの目の前に到着しても、息切れの一つもしていない。これが若さか?
幼女は、緑がかった金髪に緑色の瞳の持ち主で、肌は褐色だが多分日焼けによってそうなっただけだろう。ボロボロのオレンジの半袖から見える肩は白かったからだ。
「おじさん!」
「……!?」
刺さったよ。意外に刺さったよ?
「おじさん、ぼうけんしゃだよね? ぼうけんしゃってやつだよね!?」
「いや、別に冒険者というわけでは」
「やったぁ、ぼうけんしゃだぁ!」
「聞けよ」
「いっしょに行っていいよね?」
「幼女よ」
俺は剣を杖にして立ちつつ、タナさんを見た。が、タナさんは腕を組んで幼女を見下ろしている。少し口角が上がっているところから見るに、この幼女は危険な状況ではないらしい。俺はもう一度呼びかけた。
「幼女よ」
「幼女は禁止だよ!」
「おじさんも禁止だ」
「えっ?」
えっ、じゃないだろ!
なんだろう、タナさんといい、この幼女といい、神が遣わした試練か何かの類なのだろうか。
「とりあえず、俺たちは――」
「やったぁ! そこまで言われちゃしょうがないから一緒に行くよ!」
「何一つ言ってないんだけど、それは――」
「あたし、ウェラ! お父さんはエルフのおんなたらし? とかいうので、お母さんは人間だよ! だけど五年くらい前にどこかに消えちゃったんだ!」
「キミ、さりげにすごいこと言ったね。何歳なの?」
「えっとね、じゅうはっさい!」
えへん――胸を張る幼女。いや待て待て。どう見ても、五、六歳にしか見えないんだが。
「ハーフエルフってやつさね」
タナさんが言った。そういえば、お父さんがエルフとか言ってたっけ?
「エリさん、この子、耳が尖ってるだろ。この中途半端な尖り方と精霊使いであることからして、ハーフエルフであるところは疑いようがないさね」
「ハーフエルフは見た目が幼いのか?」
「幼女って言うなぁ!」
「はいはい」
俺は幼女――ウェラの頭をぽんぽんと叩いてやる。ウェラは頬を膨らませて抗議するわけだが、やっぱり六歳くらいにしか見えない。
「エルフもハーフエルフも、成長が遅いのさ。エルフは事実上不老で殺されない限りは死なないと言われてる。ハーフエルフは人間の三倍くらいは生きるというからねぇ。十八歳だというなら、この見た目も納得さ」
なるほど。タナさんが言うのだから多分そうなんだろうと俺は納得する。
「で、ええと、ウェラだっけ。ウェラはなんで俺たちと一緒に行きたいって?」
「えっとね」
ウェラは頭をポリポリと掻きながら俺を見上げた。
「おじさんとおばさんが――」
「やり直し!」
突如のタナさんのダメ出し。ウェラは一瞬ビクッとなったが、すぐに状況を理解した。
「おじさんとおねえさんがパパとママだったらいいなって思って」
「許す」
タナさんは鷹揚に頷いた。あれ、「おじさん」のところはいいのかな、そのままで……。
「腰痛持ちの中年が、おじさんを回避しようだなんて烏滸がましいさね」
刺さる、刺さるよ、タナさん……。なんだか腰が痛くなってきた。
そんな俺を尻目に、タナさんが訊く。
「ウェラ、いいのかい?」
「なにが?」
「人里に出たら、あんたは――」
「慣れたよぉ」
ウェラはわずかに口角を上げた。見た目の年齢に似合わない、少し寂しそうな微笑だった。思わず俺は口を挟む。
「慣れたって?」
「ハーフエルフはそれだけで差別されるからね~。それに今はほら、なんだっけ、あれ」
「魔女狩り?」
「それそれ!」
ウェラは困ったような表情をしながら頷く。
「それで今ちょっと困ってて。もうここにはいられないなぁって思って。その時にちょうど、おじさんとおねえさんがやって来たの」
「だそうだけど、エリさん」
「ん?」
「この話を聞いておいて、この子を放っておけるかい?」
「タナさんは放っておけるのかい?」
「質問に質問で返すな。やり直しだよ」
「……わかったよ」
俺は肩を竦めた。腰にズキッと痛みが奔る。よろめきそうになったところを、タナさんがさっとサポートしてくれる。タナさんはいくつ目を持っているのか。俺はタナさんの肩を軽く叩きつつ、ウェラを見た。
「でもさ、ウェラ。危ない旅になると思うよ」
「ならばなおだよ! このウェラさまを連れて行ったら便利だよ!」
「といっても、幼女だし……」
「じゅうはっさい!」
ウェラはむっとした顔で俺を見る。むぅ……。そこにタナさんが「はいはい、そこまでそこまで」と、手を叩きながら割って入った。
「エリさん、精霊使いは貴重なのさ。それに何より便利なんだよ」
「便利って?」
「そう。ウェラ、火の精霊は呼べるかい?」
「うん! 火の精霊さんは一番のおともだちなんだ!」
「ならよし」
タナさんは何やら納得した。俺にはさっぱりだ。そんな俺に、タナさんは「想像力を使いなよ」と言ってくる。
「エリさん、火を点けるのは面倒だろう?」
「確かに。腰がつらい」
「この際、あんたの腰はどうでもいいさね。とにかく、面倒だろう? でも、この子なら一瞬で火を発生させられる。だろ?」
「うん! ウェラ、料理も得意だよ!」
「精霊を使って火を点けられるってことか」
「こうやってね」
ウェラは右手の人差指の先に火を灯した。それは結構な火力で、火打ち石の類とは比べ物にならない。
「よし、乗った。いいだろう」
便利さに負ける俺。これは連れて行かねばならないだろう。
「パパとママって呼ぶね!」
……パパ?
思わず俺はタナさんを見たが、タナさんは別に気にしてないようだ。タナさんは腰をかがめて、ウェラの小さな肩に手を置いた。
「ところでウェラ、家はあるんだろう?」
「いちおう、ね。だから荷物を取りに行かなきゃ。ついてきて!」
ウェラは元気にそう言うと、タタタッと走り始めた。あ、ちょっと待って……。
俺はタナさんに助けを求めようとしたが、タナさんはそんな俺をまるっと無視して荷物をまとめていた。
「タナさん、俺がここで荷物整理して待っていようか?」
「いや、エリさんも行かないとダメさね」
「え、なんで?」
「なんか、ひどく胸騒ぎがするのさ」
タナさんは俺を見上げてそう言った。キリッとしたその表情を前にしては、笑い飛ばすこともできない。だけど、また揉め事か? いやだなぁ。それになにより、森の中を歩くのが憂鬱だ。足場は安定してないし、石や木の根は多いし。
「痛んだらまたマッサージしてやるさね。四の五の言わずに行くよ」
そうと言われたら行く他にないだろう。あるか? ないな?
そんなふうにもたもたしているうちに、ウェラが視界に戻ってきた。
「パパ、ママ、はやくー!」
「早く行きたいのは山々なんだが」
俺は剣を杖にしつつ、どっこいしょと一歩踏み出した。あれ?
「エリさん、変な顔してどうしたのさ?」
「いや、腰の痛みがちょっと少ないなと」
「アタシのマッサージの効果さね。ちょっと歩く分にはなんとかなるはずさ」
「魔法?」
「引退したっつってんだろ!」
またしても怒られてしまった。つまり、純粋にタナさんのマッサージスキルが高いということなのだろう。
「パパぁ! はやくぅ!」
ウェラの声が耳元で聞こえた。思わず周囲を見回す俺である。タナさんは肩を竦めつつ、馬の顔を撫でた。
「ウェラの風の精霊による伝令さ。あの子が四属性操れるとしたら、相当に頼りになると思うよ」
「へぇ……」
ところで、四属性ってなんだ?
そんなことを思いつつ、俺はタナさんと馬の後ろをトボトボとついていくのだった。ちなみにやっぱり腰は痛い。程度問題としてはマシではあったが、痛いものは痛いのだ。ウェラ、俺はキミの半分も移動速度がないのだよ……。そっとね、そっと歩かないとね……。




