05-04. それでもいいよね
俺は両手でタナさんの頬に触れる。
「俺にとっての正義は、常にタナさんと共にあることだよ」
「ええっ……?」
「そんなに驚くなよ」
苦笑せざるを得ない、まったくもって。俺はタナさんを再び抱きしめる。抱きしめずにはいられない。
「あんたさ、本当にいい男だよ」
「顔以外は、か?」
「ふふ」
タナさんは肯定も否定もしなかった。タナさんは囁く。
「もう一つ訊いていいかい?」
「もちろんだ」
「……いや、やっぱりいい」
タナさんは首を振った。俺はタナさんを抱く腕に、少しだけ力を入れる。タナさんの熱を、少しでも引き受けたいという思いもあった。
「追求しないのも、あんたの素敵なところ。アタシの大好きなところ」
「そういうのは全部まとめて、黒幕をぶっ倒してからの話かなって」
「――大魔女エリザ」
タナさんはその名前を噛みしめるようにして口にした。俺は頷く。クァドラの発言から、黒幕がはっきりしてしまったのだ。よりにもよって、史上最大の虐殺者、エリザ・レヴァティン女公爵であると。
「でもね、エリさん」
タナさんの声が少しだけ軽くなった。
「そのおかげなのかどうかはわからないけどさ。今のアタシには、心の底からの望みが一つあるのさ」
「俺に叶えられるものかい?」
「あんたにしか、できないこと」
タナさんはそう言ってまた俺にキスをした。
「でもこれはね、願掛けさ」
「願掛け……?」
「ああ、違うよ。魔女のまじないの類じゃない。人が誰しも普通にやる、神様とやらへのお願い事さ」
「それならよかった」
俺が頷くと、タナさんは小さく笑った。
「魔女が神様にお願いするだなんて、滑稽の極みだろう?」
「まさか」
俺は首を振る。
「神様ってのがどんなやつかは知らないけど、魔女になるまで助けようともしなかったくせに、魔女の祈りの一つも聞けないとか抜かしやがるなら、俺が一発ぶん殴ってきてやるよ」
「頼もしいねぇ!」
タナさんは一度身体を離し、そして再び抱きついてきた。正直に言うと、俺の心臓は爆発しそうなほど激しく拍動していた。年柄もなく、のぼせあがっているのだと、俺はようやく気付く。
「ともかくさ、アタシは神様に祈った。多分、一生で一度きりのお願いさ」
「それはどんな?」
「願掛けってのは、アタシと神様の間の秘密だよ」
「知りたいんだけど」
「だめ」
タナさんは俺の唇に人差し指を当ててくる。目を細めたタナさんのその表情は、いたずらを思いついた子どものそれにも見えた。
「でも、その時が来たらわかるよ。その時はさ、一緒に神様とやらに感謝しようよ、エリさん」
「わかった」
俺はタナさんと見つめ合う。ランプの炎はまだ揺れている。
「エリさん。愛しすぎて、ごめん」
「なんだい、藪から棒に。なんで謝るんだ?」
「もしかしたらこの気持は、愛なんかじゃないかもしれない。アタシはずっとそれを恐れているんだ」
「奇遇だね、タナさん」
俺はそう言ってベッドの端に移動した。タナさんもついてくる。
「俺にも、わからない。この気持ちが本当に愛なのか。タナさんを愛してるってことなのか。本当のところは、俺にもわからないんだ」
「アタシたち、似た者同士なんだね、やっぱり」
「ただの憐れみ合う関係なのかもしれないな」
「それでもいい」
タナさんはベッドの端に腰掛けて、遠くを見るような目をした。
「エリさん、それでもいい、よね?」
「ああ。それで、いい」
俺はタナさんの美しい髪を撫でる。
「タナさん、気障なこと言っていい?」
「め、珍しいね、そういうこと言うの」
「かもね」
俺は頷いて、そしてタナさんを立たせた。
「俺たちのこの気持ちが愛だって確かめるために、エリザは蘇ったんじゃないかな」
「はは!」
タナさんは笑った。
「あははははは!」
豪快に。
「そりゃいい。アタシたちの愛のために、エリザは甚大な代償を捧げてくれたっていうわけだ」
「それだと罪に塗れた愛になっちまうかな?」
「お似合いさ、アタシたちには」
タナさんはそう言って、俺の手を引いて扉へと導いた。
「温泉に行こうよ、エリさん。裸の付き合いといこうじゃないのさ」
「喜んで」
俺はタナさんと共に、ゆっくりと浴場へと向かったのだった。




