04-14. 幸せになれ!
ふん――タナさんは口角を上げつつ息を吐いた。この得体の知れない状況に、全く恐れを抱いていない。
「リヴィ、離れてな。アタシの……いや、ユラシアの邪魔になる」
「わ、わかった」
リヴィは頷くと、クァドラに正対したままジリジリと俺たちの所まで戻ってきた。
「がんばったな、リヴィ」
「おおきに。せやけどな、まだ終わっとらん。それにパパには大事な仕事があるんねんで」
「大事な仕事?」
「ママの肩揉みや」
リヴィはニッと笑う。俺は「わかってるさ」と肩を竦めた。そんな俺たちの声が聞こえているはずもないが、タナさんの表情はどこか愉快そうだった。
「クァドラ、あんたの中の醜悪な悪魔を引きずり出してやる!」
『後悔するがいい!』
クァドラの声が変わった。何人もの男女が一斉に喋っているような声だ。
『その魂をエリザ様に捧げるがいい!』
「はは、正体を現したね、クァドラ!」
タナさんはクァドラと切り結ぶ。その二人の命を賭けた戦いは、まるで優雅な剣舞を見ているかのようだ。
「悔しいなぁ。ウチじゃ歯が立たん」
「安心しろ、リヴィ。俺なんか腰も立たん」
「うまいこと言うた気になっとるやろ、パパ」
リヴィはきちんと突っ込んでくる。そして付け足した。
「おおきに、な」
「ああ」
俺はウェラの手を握りしめたまま、短く応じた。そんな俺を、クァドラの肩越しにタナさんが目を細めて見ていた。俺は頷く。タナさんも頷いた。言葉は要らなかった。
「ユラシア! 後はあんたの好きにしな!」
タナさんの剣――つまりガナートの剣――が、異常に輝いていた。周囲を切り裂かんばかりの眩さだ。それがユラシアの命の、そして意志の輝きだということは、直感的にわかった。
タナさんの剣が、クァドラの放つどす黒い瘴気を抉り抜いていく。
「肩凝り何倍か……か」
タナさんの呟きが聞こえた。
そこからのタナさんは、さっきまでのタナさんとは別人だった。さっきも相当な手練感はあったのだが、今はもはや達人の域に達している。全盛期の俺でも、泣いて命乞いをするレベルだ。
その力をもたらしているのは、まず間違いなくユラシアだろう。だが、それだけじゃない。タナさんの強靭な精神力、心の強さがあっての、ユラシアだ。
「ユラシア、お膳立てはしてやったよ!」
タナさんの剣がクァドラを貫いていた。タナさんはそれを強引に引き抜いて、躊躇することなく鞘に収めた。
「最後くらい、あんたの手でシメな、ユラシア!」
その瞬間に、タナさんとクァドラの間の地面にぽっかりと穴が空いた。
『何が……!?』
クァドラが驚愕の声を出す。その穴から這い出してきたのは、一言で言えば、禍々しい姿だった。半ば溶け落ちた身体、焦げた肉、覗く骨、吹き上げる炎――そしてその顔は憎悪に歪んでいた。それは、修羅と化したユラシアだった。
ユラシアは右手をクァドラに向けて突き出した。炎が噴き出し、クァドラを包む。
『おおおおおおおおっ!』
ユラシアとクァドラが同時に吠えた。片方が雄叫び、片方は絶叫。そしてクァドラが燃えて消えていく――瞬殺だった。
「ユラシア」
消えていくユラシアだったものに向けて、タナさんは語りかける。
「あんたのその呪い、確かに受け取ったよ。安心するといいさ。アタシが全部連れて行ってやるさ」
『でも――』
すっかり姿を消したユラシアの声が届いた。泣きそうな声だった。
「あんたには何の罪もないのさ。だけどそうさね、その代わり。一つ約束するんだ」
『約束……?』
「魔女の約束さ」
『それは……?』
「あんたは幸せになれ。幸せになると、アタシと約束するんだ」
タナさんは短くそう言った。
『でも――』
「でも、じゃない。あんたは今、終わる。だけど、それは始まりなのさ」
『来世――?』
「そう。あんたには、さすがの神様ってやつも、ご褒美の一つもくれるはずさ。それを持って、幸せになりな。アタシがあんたの分まで積み上げた罪咎以上に、幸せになるんだよ」
『わかり……ました……必ず』
「それでいい」
タナさんは頷いた。そして俺たちのところへと戻ってくる。
「アタシはあんたの幸せを祈るよ」
『あの……』
「なんだい、ユラシア」
『どうして、見ず知らずの、私に……』
「それはね」
タナさんは俺の隣に並んで腰に手を回してきた。
「この男に、良いところを見せたかったからだよ」
タナさんはそう言って、小さく笑った。




