04-12. 悪魔は囁く
タナさんは一種厳かともいえる口調で言う。
「あんたがいるから、アタシは負けられない」
そして右手の魔法剣を一気に打ち下ろした。クァドラの半透明の身体が分断される。
『馬鹿なぁッ!?』
悲鳴とも怒号とも取れるその声が、俺たちの鼓膜に突き刺さり、意識にねじ込まれてくる。タナさんはその意味不明の音の羅列に強引に割り込んでいく。
「ユラシア! 恨みを晴らして天国へお行き!」
タナさんは剣を天にかざす。
「タナさん、何を!?」
「心配することはないさね。アタシはアタシのするべきことをしているだけさ」
「結果なんてどうでもいい。タナさんが無事でなければ意味がない!」
俺は怒鳴っていた。自己犠牲の上に成り立つ正義なんてあり得ない――俺はそう信じているし、自己犠牲を認めようとも思わない。
「あははは! エリさん、アタシはね、そんなにいいもんじゃないのさ。でもね、あんたはアタシのもんさ。魔女の印のついたあんたは、アタシのもの。だから、アタシが好きにするし、アタシはアタシの好きにさせてもらう」
「そういうのじゃないだろう!」
その時ひときわ高く、クァドラのヒステリックな声が響き渡った。もはやその声は意味を為していない。そんなノイズを容易く制圧して、タナさんは呟いた。
「アタシはユラシアと出会っちまった。そして、救ってやるって約束したんだ。アタシの魂で、約束した。これは絶対に違えることのできない約束さね。だからね、エリさん。たとえあんたであろうと、アタシのこの約束を反故にさせるなんてことはできやしないのさ。だから、あんたも覚悟を決めておくれよ」
「タナさ――」
「アタシを信じてくれるならね」
「……俺を置いていくなよ」
それしか言えなかった。
「約束はできないねぇ。今はね、正直言えば、一瞬先の未来さえ予測できる状況じゃないんだ」
「冗談じゃない」
俺は踏み出そうとした。が、ウェラが見た目にそぐわぬ力で俺を引き止めた。
「ウェラ……放してくれ」
「ママを信じて、パパ。パパがここにいることに、意味があるんだ」
「そうさ、ウェラの言う通り」
タナさんは剣をかかげたまま言った。
「あんたはそこにいておくれ、エリさん」
「しかしっ!」
「アタシが死んだら、誰が花を供えてくれるんだい?」
「俺は花なんて供えないぞ!」
タナさんにはもっとふさわしい未来がある。こんなに運命のクソッタレの野郎に押し付けられた負債を抱えたまま、人生を終わらせられてたまるものか!
「俺は、タナさんと生きたいんだ!」
「あっははははは!」
タナさんは笑う。クァドラの様子が変わる。半透明のその姿に、徐々に色がついていく。
「あんたね、エリさん。そんな死相まみれの顔で言われてもねぇ。信憑性が低いよ、ほんと」
「どこまでお見通しなんだ」
「アタシはね、結局は魔女なのさ。男の考えてることはだいたい分かるように出来てるのさ」
タナさんはクックックと笑い、ついに目の前に実体化した若い女性を睥睨した。
「若ぶりやがって。七十にも手が届く婆さんだろう、あんた!」
『おのれ……! 赤の他人の呪いを引き受けるだなど、ありえん! 狂っているのか!』
「そうさねぇ」
タナさんは剣をくるりと回した。
「狂っているって言ったほうが良いのかもしれないねぇ。でもね!」
急に語気が強まった。
「こんな汚辱と汚穢に塗れたアタシでもさ! 良いって言ってくれる男がいるんだよ。そしてたぶんね、いや、絶対に、もっともっと汚れたって、たとえ汚され尽くしたって、それでもアタシを嫌いにならないでいてくれる男がいるんだよ、アタシにはね!」
タナさんは躊躇する様子も見せずに、剣をクァドラの胸に突き立てた。
『ぐぁっ!?』
さっきまで全く通用していなかった攻撃が、今は完全にクァドラを痛めつけている。
「魔女なのに、知らなかったのかい?」
『馬鹿な……そんなはずは……!』
「呪いにはね、物理法則も、魔法も、通用しないようにできているのさ」
タナさんの浮かべる凄絶な微笑。それは俺の人生で見た、最も危険な微笑みだった。
『お前は……なにもの……』
「通りすがりの元魔女さ」
『無名の魔女ごときにっ……』
クァドラはまだ喚く元気があるようだった。タナさんはうるさげに剣を払う。それはクァドラの首を引き裂いた。
「お貴族様の狭い了見じゃぁ理解できないのかもしれないけどねぇ」
タナさんは二度、三度と剣を突き入れる。
「澱のように代償を貯めて生きる生き方もあるってことさね」
『しかし、そんな不合理な……』
「不合理も不条理もないさね。ただね、代償は魔女を強くするのさ。望む望まざるとに関わらずね」
アタシの中の悪魔が囁くのさ――タナさんは厳かに告げた。
「ユラシア! やっちまいな!」
『やっ、やめっ、やめろっ! おのれ、下賤な流浪人め! おのれ、おのれぇ!』
クァドラの全身から青い炎が噴き上がった。
「はん! やっと本気かい!」
タナさんの黒褐色の瞳が、物騒に輝いていた。




