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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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02-01. 精霊使いの領域

第二章:娘たち

 朝日がいい感じに顔を見せたくらいのタイミングで、俺たちはちょっとした小川に辿り着いた。辺りに目をやれば鬱蒼たる森が周囲を囲んでいたが、河原は休憩場所にはもってこないほどに見晴らしが良かった。この距離があれば、森の中から弓矢で襲撃することもできない。


「さ、エリさん、横になって休みな」

「タナさんは?」

「マッサージ付きって約束しただろう? ちゃんと守るよ。約束はね、大事だから」

「いやいや、タナさんも夜通しで疲れただろう? 今はいいよ」

「いいや、揉ませな」


 タナさんは威圧的に、芝生の上に敷いた自分のマントの上に俺を寝かせる。


「揉みたいのか?」

「趣味みたいなもんさ。自分が肩凝り酷いもんだからねぇ」

「……好きにしてくれ」


 俺は観念して顔を伏せた。


 結論から言うと、タナさんの手技には素晴らしいものがあった。というより――無防備にもほどがあるのだが――あまりの気持ちよさに途中で眠ってしまっていたほどだ。惜しいことをしたと思う反面、目覚めたときの爽快感にはすばらしいものがあった。タナさんとの旅を了承した自分に、「大変良い仕事をしたものだ」と言って褒めてやりたい。


「気持ち良かっ……て寝てるのか」


 身体を起こすと、俺の隣でタナさんが眠っていた。添い寝状態である。あんな啖呵や毒舌を切り続けている人物と同じとは思えない、少し幼く見える寝顔だった。それでもやはり圧力を感じる程に美しい容貌で、わずかに開いた赤い唇が(なまめ)かしかった。しかし、そのあまりにも無防備な寝姿を前にしても、俺の中には()()()()()()()は湧いてこなかった。


「ほんと、役立たずだなぁ」


 思えば思うほど、自分にがっかりする。荷物が持てないどころか、自分ひとりが移動するのが精一杯。剣士でありながら、剣を抜けない。誰も守れない。そして火を起こしたりすることもできない(体勢的な意味合いで)。早いところ、どこぞの駅馬車にでも切り替えないと、本当に何もできなくなってしまう。()()()()ですらなくなってしまっては、俺はただの腰痛のおっさんである。


「エリさん」

「起きてたのか」

「肩くらい揉んでくれやしないかい?」

「い、いいのか?」

「エリさん、あんたがよければ、だけどね」


 それには異論はない。女性の肌に触れるのは何年ぶりだろうか、という気持ちが去来した程度だ。


「襲わないのかい?」

「お、おそう?」

「アタシは無力で無防備。その割に魅力的だろう?」

「飢えた(ケモノ)の前には放置しちゃいけない人だというのはわかるよ」

「あんたは飢えてないのかい?」

「俺は菜食主義者なんだ」

「……ふぅん」


 タナさんは目を細める。そしてマントの上に座り直して、大きく伸びをした。一陣の風がタナさんの長い髪を(もてあそ)んで過ぎていく。こうしてみると、タナさんは素晴らしいプロポーションの持ち主だった。バランスの良い身体、肌理(きめ)の細かい白皙の肌、陽光を跳ね返すその髪が作る輝きはまるで天使の輪のようだった。黒褐色の瞳は理知的で、俺の心の底まで見通しているかのようだ。


「肩以外も揉んでいいよ」

「……余計な誘惑をするな」

「はは、見くびるなってことかい」

「そうとも言う」


 俺はタナさんの肩に手を置き、首から背中までを軽く押してみる。


「あたたたっ!」

「す、すまん」

「いや、いいのさ、それでいい。アタシも肩なんて揉んでもらうのはいつぶりか、これっぽっちも覚えてないからねぇ」

「よくこれで腕を動かせるな」

「だろう?」


 タナさんは呻いている。


「毎日辛くてねぇ。頭痛だ眩暈(めまい)だ吐き気だなんだと。温泉にさえゆっくり入らせてもらえないなんてね。だから、カルヴィン伯爵にはきっちり落とし前をつけてもらおうって話さね」

「その点は俺も似たようなもんだなぁ。ただ、カルヴィン伯爵に会える確率はとても低いぞ」

「曖昧な要因と推測で確率を論じるのは結構。しかし、それを行動しない理由の裏付けに使うヤツは、総じて臆病者さね」

「うっ……」


 つくづくよく切れるナイフである。


 俺はしばし無言でタナさんの肩を揉みほぐしていたが、ふと気が付いた。


「なぁ、タナさん。肩凝り治す魔法とかはないのか?」

「そりゃ治癒魔法の範疇だ。魔女が使える魔法じゃないよ」

「そういう分類があるんだ?」

「分類というより、原理が違うからねぇ。魔女の魔法は――」


 その時、俺とタナさんの前に、握りこぶし大の透明な球体が現れた。大きな水滴のようなそれの中央上部あたりに、目のような黒いものがちょんちょんと付いている。ちょっとかわいい。


「なんだ、これ?」


 俺はタナさんに声をかける。タナさんは「あらら」と肩をすくめつつ首を回した。


「水の精霊さ。見たことないのかい」

「水の精霊? これが?」


 俺が指差すと、そのでっかい水滴はぷるぷるっと震えた。肯定したのか。


「でもなんで突然出てきたんだ?」

「そりゃ、精霊使いがそばにいるからさ。天然の精霊は人間の前に、こんな露骨に姿を見せることはないさね」

「せ、精霊使い? 実在するのか」

「エルフとかには未だにいるさ。アタシもそんなによくは知らないけど、とりあえずこのあたりを活動拠点にしている精霊使いがいるのは間違いないねぇ」

「そりゃまずい……のか?」

「……撤収するかねぇ」


 タナさんは舌打ちしつつ、荷物をまとめ始めた。


『待って』


 水の精霊の方から、女の子の声が聞こえた。少し舌足らずな印象だ。


「アタシたちはすぐここから離れるさね。危害を加えるつもりはないよ」

『だからちょっと待ってってば!』


 水の精霊はフワッとジャンプしたかと思うと姿を消した。


「ん?」


 森の方から近づいてくる小さな姿があった。


 あれは――どこからどう見ても、幼女だ……。


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