04-10. 魔女・クァドラ
リヴィは俺から手を離し、抜剣しようとした――まさにその時、タナさんが言った。
「リヴィ、気持ちだけ受け取っておくよ」
タナさんは微笑んでいた。魔女との激しい交戦中であるにも関わらず。俺にはわかった。それは、ただ、リヴィだけのための微笑なのだと。
「アタシは、死なない」
タナさんははっきりとそう言った。落ち込むリヴィの手を、ウェラが包む。
「大丈夫。ママは、負けないよ」
「ウェラ……」
俺は二人の娘を見て、そしてタナさんを見た。タナさんはクァドラに翻弄されながらも、未だ余力を残していそうだった。敵として出会わなくて本当によかっただなどと、場違いな感想を持ってしまうほど、タナさんの剣舞は実に見事だった。
「クァドラ! この下品な茶番、魔女狩りのための魔女狩りということだろう! 本物の魔女の力を見せつけ、恐れさせ、魔女狩りを一層進めるための稚拙な戦略だろう!」
『はははははは! だとしたらどうするというのか!』
「なぜ魔女のあんたが、魔女狩りなんかを推し進めようとするんだい!」
『魔女が邪魔だからに決まっている! 魔女を駆逐し、あるいは沈黙させること。そのために仕組んだのが、この五十年ぶりの国策魔女狩りだ!』
その言葉を受けて、俺は異端審問官を見る。彼はもはや平常心とは程遠い状態だった。完全に腰が抜けていたし、腕も上がらないようだった。現場での修羅場体験が足りないのだろう。ざまぁみろだ。
『私のために、人間どもよ、命を捧げよ!』
クァドラが吠えた。その直後に、俺たちのすぐ側に炎の柱が噴き上がった。たちまち広場は阿鼻叫喚の様相を呈する。広場の周囲にもいくつもの炎の柱が噴き上がり、幾人もが消し炭と化したのが見えた。しかも、炎の柱はこの辺りだけではない。街中至るところに出現しているように見えた。たちまち空気が焦げ臭くなり、空の明るさが一段落ちた。
「こいつは強烈だな」
俺は異端審問官に鞘尻を突きつけたまま言った。彼は逃げようとしたが、兵士の壁に阻まれて動けない。兵士たちはたまたま異端審問官の進路上にいる、という設定らしい。
「お、覚えておけよ、貴様ら!」
「ご自分の御立場がよくわかっておられないようですな、カディル審問官」
役人が穏やかな表情で振り返った。この男、この凄惨で危機的な状況に全く動じてない。
「卿には釈明の義務があります、カディル審問官」
「しゃ、釈明だと? 私を誰だと思っている」
「何の罪もない娘を拷問し、あまつさえ殺そうとした咎人でしょう。いや、我々の信奉する神の御意志を標榜し、その御言葉を捏造した大罪人というべきでしょうか」
「き、貴様! 私にそのような無礼をはたらいて教会が黙っていると思うのか!」
「さぁ」
役人は首を振る。
「私はあの女性を見ていて、恥を知りました。己の正義を曲げてまで、街を守ろうとした自分を恥じた。そして私は、これ以上の生き恥は晒したくありませぬ」
役人は腰に下げた片刃の剣を抜いた。
「カディル審問官」
役人の背後に炎の柱が出現する。しかし、彼は動じなかった。
「等価交換、と、参りませんか」
「等価交換だと……?」
「卿の命にそれだけの価値があれば、ですが」
「ぶ、無礼なっ」
この異端審問官もなかなかに根性がある。だが、役人はもっと恐ろしい形相をしていた。
「私の街の大切な人間を苦しめ、殺した人間が、どの口で言うか!」
「……っ!」
さすがに言葉を失う異端審問官カディル。
「なぁ、パパ。このおじさん、ええ人やな」
「敵には回したくないな」
俺がリヴィに答えると、役人は俺に向かって小さく頭を下げた。
「かつて敵だったこともあるかもしれませんよ、貴方があのエラ――」
「待て待て待て」
俺はその言葉を止めた。この男、俺の過去を知っている?
「否定はなさらぬか」
「それは……黙っててもらえると助かる」
「わかりました」
役人は頷いた。危なかった。俺にはまだ、それを開示する覚悟はない。
「パパ、知り合いなん?」
「い、いや。多分、ずっと昔に会ったくらいだ」
動揺を隠しきれてない俺である。そんな俺のすぐ脇に炎の柱が出現する。
「あぶね」
激しく動かざるを得ない状況というのは、まことに勘弁していただきたい。
「リヴィ、ウェラ、大丈夫か?」
「なんとかってとこやな」
「ウェラも無事。せっかくの服がちょっと焦げたけど……」
「本人が焦げてないなら万々歳だ」
俺はウェラの頭を撫でて、タナさんを見た。
『魔女は魔女を駆逐するようにできているのだ! エリザ様のためにも、魔女の素養のある者は悉皆、味方に引き入れるか、さもなくば、排斥せねばならぬ!』
「はん! それが理由かい!」
タナさんの鋭い舌鋒が周囲を薙ぐ。
「ユラシアの魂を、あんたの魔法の代償にしてやるわけにはいかないよ!」
『ならばなんとする! あの娘の魂も、この街の有象無象の魂も、その全ては私とエリザ様のためにある!』
「まったく! わざわざ魔女になるまで育て上げてから魂を奪うなんてね! この外道が!」
『外道! そう、外道なり! 卑小な人間の皮を脱ぎ捨てた進化の先、そこにあるのが、魔女なのだ! 私は人間を超えた。私は圧倒的なのだ!』
タナさんを弄ぶように攻撃を仕掛けていくクァドラ。一方でタナさんの攻撃は通用していない。
どうする、どうするつもりなんだ、タナさん。
『さぁ、魔女よ! 内なる悪魔を解放せよ! お前の魂も我が贄として使ってやろう!』
「あんたなんかにくれてやるような魂は、爪の先ほどもないよ!」
『死ねぇっ!』
「やれやれ……」
タナさんは首を回した。ここまでゴキゴキという音が聞こえてくる。
「肩が凝るのだけどねぇ」
「タナさん、まさか!」
思わず俺は前に出る。が、炎の柱が邪魔をする。
くそっ、ちゃんと動けさえすればこんなもの……!
俺は忸怩たる思いを噛み潰した。




