04-09. 異端審問を裁く
役人は兵士たちに命じて、異端審問官を広場の中央に引っ張り出した。異端審問官はまだ何事か喚いていたが、役人や兵士たちは取り合わない。彼らなりに思うところがあったのだろう。
「異端審問官は魔女狩りの大将だろう?」
俺は近くまで引きずられてきた異端審問官に言う。
「まさか、これから本物の魔女が出てくるってのに逃げるなんてありえないよな? 仕事なくなっちまうぜ?」
「せやせや!」
リヴィが俺を支えながら右手を振り回す。ウェラもそれに呼応する。この二人、これから何が起きるか知っているはずなのに、震えの一つも感じられない。どういう胆力だよと、思わず感動してしまう。
ふと気付けば、広場の周辺には数多くの人が立っていた――野次馬である。雨が止み、炎が消えたことで安心したのだろう。全く厄介な連中だ。だがその一方で、そうであってくれなければ、ユラシアの名誉は回復できない。
「せやかて、ええと、パパ? どないする? 魔女はどこにおんねん」
「わからないが……タナさんにはわかってるみたいだな」
タナさんはユラシアのその身体を横たわらせ、空を見上げた。憎たらしいほどの青空が広がり、なんなら鳥ものんびりと舞っていた。
「魔女クァドラ! いつまで偉そうに睥睨つけてるんだい!」
タナさんは僧兵の遺した長剣を拾い上げた。俺は異端審問官の目を睨みつけた。
「で、あんた。クァドラってヤツのことは知っているんだよな?」
「もちろんだ。だが、あの方は魔女などでは――」
「あの方?」
クァドラは珍しい名前でもない。だが、この男は一瞬で誰かに行き着いている。
「それは誰だ」
「キ、キンケル伯爵の叔母に当たる方だ」
「なぜ、魔女ではないと?」
「それは――」
「調べたんだろうな?」
俺は腰を抜かしかけている異端審問官を見下ろす。
「調べたのかと訊いている」
「し、調べられるはずがない!」
気色ばんで言う異端審問官。俺は思わず鼻で嗤った。
「ならばなぜ魔女ではないと?」
「高貴な身分の方が魔女であるはずなど――」
「そりゃ妙だ」
俺は肩を竦める。
「異端審問官が、女公爵エリザを知らないはずはない」
「それは……もちろん……」
「ならなぜ、伯爵の叔母が魔女ではないと?」
俺は異端審問官に向けて一歩踏み出す。異端審問官は腰を抜かしたが、兵士に支えられたおかげで、その場から逃げられない。あの初老の役人の方を伺うと、彼は堂々と背を向けていた。見ていない、知らない――そういう意思表示なのだろう。なかなか話の通じる男だと、俺はこの役人に好感を持つ……のと同時に、何かが記憶の中をピリピリと走っていく。
「身分で魔女が決まる――それが教会の考えということでいいか?」
「それは……!」
「弱いものいじめのための異端審問だということでいいのか?」
「そんなことは!」
異端審問官は顔面蒼白だ。俺は剣の鞘尻を、異端審問官の眉間に向けて突き出した。
「うっ……!」
指一本程度の距離で寸止めである。この辺りの技量はなかなかのものだと、自画自賛しておく。ただし、やはり腰には強く響く動作だ。二度とやるまい。
「今はな、そういう本質的な話は置いておこう。お前程度の力で異端審問自体を、魔女狩り自体をどうこうできるとも思えないしな」
「な、何を……!」
「俺が要求するのは一つだ。あの子、ユラシアの名誉の回復。これだけだ」
「そんなことは! それに現実にあの娘は魔女だったではないか!」
「まだ言うか!」
俺はこれ以上ないくらいの声量で怒鳴った。異端審問官が竦んだのがわかる。普段から他人を怒鳴るような人間は、自分が怒鳴られると脆い。
「どんな方法で自白を強要したのかは聞かない。だが、お前は間違えた。無実の少女を拷問し、あまつさえ命を奪おうとした! その罪は、裁かれなければならない。違うか、異端審問官!」
「魔女を裁いて何が悪い!」
「人の尊厳を踏みにじり、魔女を生み出すに至った事を罪だと言っている!」
「だから我々は――」
「パパ、そないな小物と遊んでる暇はないで」
リヴィが割り込んできて、タナさんの方を指差した。そこにはタナさんと、半透明な女の姿があった。その女の姿は、粗雑に作られた透明な彫刻のようで、お世辞にも造形美は感じない。
『流浪の魔女が余計なことを!』
「魔女は引退したんだよ!」
タナさんは右手に持った長剣で一閃する。半透明なそれは分断されたが、すぐに元に戻る。
「ママ!」
「来るんじゃないよ、リヴィ。そこでエリさんの世話して待ってな」
俺は犬か何かか――ちょっと傷ついたが、今はそれどころではない気がする。
『魔女を引退だって? あはははは! そんなことができるものか! 魔法のこの大いなる力。知らぬわけではなかろう!』
その半透明の不細工な何かが、タナさんの周りを飛び回る。
『魔法の一つもなしに、そんな焦げた長剣一本で私をどうにかできるとでも?』
「アタシは悪魔のヤツには頼らない性分さね。肩が凝るからねぇ」
半透明のそいつ――クァドラがタナさんに襲いかかる。タナさんは巧みに身を翻してそれを躱す。超絶技巧だ。タナさんは、俺の剣士現役時代よりも強いと思う。
「ママ、そないな敵相手にどないするつもりや! 勝ち目ないやん!」
「リヴィ」
前に出ようとしたリヴィの左肩を、俺は捕まえる。リヴィは振り返ると、俺の服を両手でつかんで引っ張った。
「パパ、ええの? こないなことでええの? ママが危ないんよ?」
「良くはない」
「なら――」
「でもな、これはタナさんの戦いなんだ。俺はタナさんを信じる」
「信じる力が魔女を倒すとか、そないなことはあれへん! ウチ、ママを見殺しにはできひん!」
「信じろ!」
俺は初めてリヴィに向かって怒鳴った。リヴィは首を竦めたが、すぐに俺を睨んだ。俺とリヴィの間を、一陣の風が吹き抜けた。
「ウチ、怒鳴る大人は嫌いや! ウチはウチの意志で戦う!」
リヴィの鋭い怒声が広場中に響き渡った。




