04-07. 青い焔
剣が少女の首に打ち下ろされる、まさにその瞬間。突如襲いかかってきた衝撃波をまともに受けて、俺たちは背中を地面に打ち付けることになってしまった。
「ちっくしょう……」
完全に腰がいってしまった。足先の感覚すらない。起き上がることもできない。
「パパ、大丈夫?」
ウェラが俺を覗き込みつつ、助け起こしてくれる。本当なら寝たまま絶対安静が良いのだが、俺のプライド的にそれは許されなかった。俺の前にはリヴィとタナさんが立っている。
「あの子、燃えとる……」
「魔女になっちまったんだよ」
処刑台の上の少女が、青い焔に包まれていた。絞首台も燃え、そして僧兵たちは残らず焼かれていた。役人と兵士は無事で、異端審問官も何故か無事だった。完全に故意に焼殺したとしか思えないありさまだった。
異端審問官が少女を指差して叫んだ。
「早く処刑しないからこうなるっ!」
「違う!」
タナさんが吐き捨てる。異端審問官は腰を抜かしていたが、まだ喚く元気はあるらしい。
「何が違うと――!」
「異端審問官!」
タナさんはキッと異端審問官を睨みつけた。
「あんたの目は節穴だ。あんたたちの言う神の声も何もかも、集団ヒステリーの生み出した、妄執妄想の類のものだ!」
「我らを侮辱するか!」
「ああ、するさ! いっくらでもしてやるさ! 無垢な娘を悪魔に捧げたのは、お前だ! 異端審問官! 地獄に落とすだけじゃまだ足りないねぇ!」
タナさんのナイフの切っ先が異端審問官に向けられる。異端審問官はよろよろと立ち上がると、腰に刺していた剣を抜こうとする。
「やめておけ」
座ったまま、俺は言った。
「あんたが抜いた瞬間、あんたの首と胴は永遠のさよならだ」
「一思いにやったるさかいな」
リヴィが剣の柄に手をかける。今のリヴィなら、瞬き一つ程度の時間があれば、それを為し得るだろう。
「この子はね、魔女にされたのさ。あんたらはまんまと本物の魔女の撒いた餌に食いついたにすぎないのさ! この街に入ったときからずっと気になっていた。この街はね、その全てが何かに呪われている」
「ど、どういうことだ」
異端審問官は剣を抜く直前の姿勢のまま、硬直していた。
「神の御意志が聞いて呆れる! 無実の子を魔女にしやがって!」
「魔女だったからこそ、あのような化け物に――」
「化け物? 化け物だって?」
タナさんの声が物騒に低くなった。
「……あんたと話すだけ時間の無駄、か」
「魔女め、貴様、ただで済むと思う――」
「そのセリフは聞き飽きた!」
タナさんの鋭い声が、異端審問官を強かに打った。
「お役人さん。この男を捕まえといてくれないか」
「我らも教会に目をつけられるわけには――」
「アタシたちという流浪の暴漢から、王都からわざわざお越し下さったお偉いさんを護るための身柄確保さね」
「……それならば仕方ないですね」
初老の役人は頷くと、喚く異端審問官を兵士に捕らえさせた。雨が石畳を叩く音をBGMにして、異端審問官の声は遠ざかっていく。広場の端まで連行されたようだ。役人のそばには兵士が二人だけ残っていた。
「異端審問官には、まだ仕事があるのさ」
「名誉回復……かい?」
俺が訊くと、タナさんは「それは、難しいかもね」と言った。
「なぜ?」
「それ以前に、あいつにはするべきことがあるのさ」
「するべきこと?」
俺が問うと、タナさんは小さく頷いた。
「そしてそれは、異端審問官にしかできない」
「するかな?」
「させるさ……」
タナさんは俺を振り返る。
「それじゃ、アタシも一つ仕事をするかね」
「だめだ、タナさん」
「危険だからやめろ、だなんて、言うかもしれない」
タナさんはそう言いながら、未だ青い焔の嵐の吹きやまない少女の方へと歩いていく。
「でもね、エリさん。見限るのは、簡単さね……」
俺はリヴィの助けでようやく立ち上がる。タナさんは足を止めない。絞首台を溶かすほどの炎の中に、タナさんは歩いていっていた。
「タナさん、危ない! やめるんだ!」
「アタシはね、後悔したくないのさ」
「死んだら元も子もない!」
「エリさん。お願いをしてもいいかい?」
「断る」
冗談じゃない。俺は首を振った。タナさんは一瞬足を止めて、小さく溜息を吐いた。
「だけどな、タナさん。無事に帰ってきたら、何だって聞いてやる。それでいいだろう?」
「ったく、あんたのその無駄に回る頭は癪だよ、エリさん」
……何か酷いことを言われた気がするが、今回は良しとする。
「でも、それならそれでいいかねぇ。前言撤回はなしってことでいいね?」
「ああ。構わない」
「なら、アタシもちゃんとやるよ」
タナさんはそう言うなり、劫火の中に飛び込んだ。




