04-06. 役人と審問官
その時、俺は広場の反対側から絞首台に向かうタナさんを見つけた。
「ママ!」
リヴィが声を上げる。タナさんの後ろを駆けていたウェラが、風の精霊の力を使って「パパ、大丈夫?」と問いかけてくる。
どこかに避難していたのか、さっきいた役人とは違う、白髪交じりの短髪の役人が兵士たちを十名ばかり連れて姿を現した。どこかで見たかな、この役人――なんとなく記憶に引っかかりがある。そして、さっきはいたはずの異端審問官の姿は見えない。
「止まりなさい」
その役人が低く声を張る。タナさんは足を止め、ゆっくりと役人に身体を向けた。兵士たちがそれぞれの武器を抜く。
「その娘――魔女を助けようということか? この雨も貴女が降らせているのか?」
役人の問いかけに、タナさんは「どちらも否さね」と応じる。
「ならば――」
そこで役人たちは近づく俺たちに気付いた。兵士の半数がこちらに身体を向ける。
「剣を収めてくれないか」
俺は鞘に収まったままの自分の剣を少し持ち上げてみせた。しかし役人たちは未だ警戒を解かない。
「俺たち、ついさっきこの街に入ったばかりで、事情がわからないんだ。魔女がどうのって言ってたみたいだが、この子は本当に魔女なのか?」
「ふむ……」
役人は兵士たちを下がらせた。兵士たちは剣を収めて、おとなしく従う。
「異端審問官がそうだと認定したのだから、立場上はそうだとしか言えない」
「さっきの黒い服の男か?」
「そうだ」
役人は雨に打たれながらも律儀に応じてくる。どうやら話の通じないタイプではなさそうだった。それにしてもどこかで……。そんな疑問を持ちつつも、俺は尋ねる。
「この地も魔女狩りが盛んっていうことか?」
「いや……」
役人は首を振る。その間にタナさんが俺の右隣に並んだ。リヴィとウェラに俺たちが挟まれている格好だ。
「この街での死刑執行は、今日が初めてとなる予定だった。魔女狩り自体はカルヴィン伯爵に追随する形で始められてはいるが」
役人は兵士に命じて、少女を絞首台から降ろさせようとした。ただ雨に打たれ続けるだけの彼女を、哀れに思ったのか。
タナさんが腕を組みながら鋭い声で言う。
「魔女狩り自体は進めていたが、それは格好だけだった。でも、王都から異端審問官が派遣されてきたから、やむなく生贄を差し出した――合ってるかい?」
「……ご明察と言っておこう」
役人は言葉を濁しつつも肯定した。その時だ。
「おい、お前!」
雨に打たれつつも、取り巻きの僧兵にずらりと護られた男が現れる。黒服の――異端審問官だ。明らかに年嵩の役人を「お前」呼ばわりする時点で、俺の中でのこの男の査定は最低ランクになった。
「あの魔女を今すぐ処刑しろ! この雨もあの魔女の妨害だ!」
「しかし、群衆は去りました」
「魔女の力に恐怖したからだろう!」
うるせぇぞ、金髪碧眼。俺は心の中で毒づいたが、まずは役人と異端審問官の舌戦を見物することにする。絞首台の上の少女はもう少しで救出されるところだったのだが、僧兵たちに阻まれてしまった。兵士たちもどうすることもできない様子だ。僧兵に刃を向けることの危険性を理解しているのだ。
「魔女の力を屈服させてこそ、この国の未来がある。魔女とわかっているのだから、さっさと殺せ!」
「この娘はキンケル伯爵の大切な領民の一人にございます」
「魔女である以上、生かしておくわけにはいかん」
この異端審問官は、いわば確信犯だ。他人が与えた正義を確信して疑わない――もっとも面倒で危険な相手だと俺は悟る。ガナートのそれとはわけが違う。
そして、タナさんはと言えば、今にもナイフを投げつけそうなほどに目が血走っていた。
「エリさん」
「タナさん、耐えろよ」
「そうじゃあない。あの子には時間がない」
「時間?」
雨の音にかき消されそうになりながら、俺たちは意志を疎通する。
「あの子、魔女になっちまう……」
「なんだと!?」
「今すぐ助けないと」
タナさんはナイフを抜き放った。それを見て、僧兵たちが一斉に抜剣する。役人の兵士たちは武器を抜けずにいた。
「今すぐ殺せ!」
「カディル審問官。よろしければ、彼女を魔女と断定した証拠をお示しください」
「神の啓示に意見するか。それは教会への叛逆だぞ」
「であればこそ!」
役人は退かなかった。
「神は信徒に恥じねばならぬ事をさせるのですか。さもなくば、その判断の理由をお示しになられるはず」
「貴様、さては魔女の手先だな」
「いいえ」
毅然とした態度を前にして、異端審問官――カディルの温度が上がっていく。
「私はこの都市の執政官の一人に過ぎません。評議会の決定には従いますが、私には疑義があるため、この場を借りてお尋ねしている所存」
この役人、なかなか出来る男じゃないか。
「バカを言うな、役人風情が。貴様の地位も名誉も、我々は一瞬で消し飛ばすことが出来る」
「それは神の御意志か」
「我々異端審問官は、神の代理人である。我が言葉は神の御言葉であると思え!」
「ふざけんじゃないよ!」
凛とした声が雨音を切り裂く。言うまでもない、タナさんだ。
「神の代理だ? 御言葉だ? よくもそんな事を恥ずかしげもなく言えるものさね! 神の代理であるのなら、魔女の力を打ち払ってみせな! こんなくだらない茶番を仕込んでる暇があるなら、とっとと神のすべきことをおし!」
「貴様も魔女か! この神をも恐れぬ大罪人めが!」
「大罪人なのは認めるさね! でもね、アタシは魔女は引退したんだよ!」
「魔女が人間に戻れるものか!」
「魔女を生み出すのは人間さね!」
タナさんが前に出ようとしたが、それを押し留めたのは役人だった。
「部外者のあなた方を巻き込むわけにはいかない」
「部外者? 冗談じゃない」
そう言ったのは俺だった。
「ここまで関わった以上、俺たちはもう当事者だ。俺はあの子の解放を要求する」
「貴様っ! 何の権利があってそんな事を言うか!」
「怒鳴りっぱなしは喉に悪いぜ、審問官さんよ」
俺は僧兵たちの動きに気を配りつつ言った。彼らは俺たちを完全に包囲していた。
「それに、だ」
俺は審問官の方に二歩分近付いた。普通ならば長剣居合抜きで切り倒せる距離だ――俺にはできないが、こいつらはまだその事実を知らない。だから今の所、俺が王手を掛けている状態だ。
「権利云々というのなら、お前らに何の権利があって死にたくなるほどの拷問を与える。彼女は自白するまではただの容疑者だったのだろう?」
「魔女だから、神の試練に耐えられんのだ」
「ほう?」
俺の中で何かが切れかけている。
「神の試練、か」
俺はまた一歩、異端審問官に近付いた。もはや彼は逃げられない――ように見えるはずだ。
「あんた、神の試練を受けてみるか?」
「な、何を言う。我々異端審問官を神の名で脅す気か!」
「神の試練には、耐え慣れているんだろう?」
「殺せ! こいつらをひとり残らず殺せ!」
子どもか、こいつ!
俺が剣に手をかけようとした、まさにその時、タナさんが叫んだ。
「そんな御託はいいから! 今すぐあの子を救わないと! あの子は、本当に魔女になっちまう!」
「ならぬ! 何を言うか、女! この娘はもはや魔女。今すぐ処断しなければならない! お前達、今すぐその娘を斬り殺せ!」
異端審問官が叫んだ。僧兵たちはただちに少女を取り押さえ、首を落とそうと剣を振り上げた。




