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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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33/34

04-05. 絞首台

 店を出るなり、俺たちは身動きが取れなくなった。凄まじい数の人々が通りを埋め尽くしている。とにかくどこを見ても人、人、人……。


「タナさん、これって」

「魔女狩りさね、本物の、ね」


 タナさんは忌々(いまいま)しげに吐き捨てた。


「そこらの連中の顔を見てごらんよ、エリさん」

「うんざりするな、こいつは」


 俺はため息を付いた。人波に揉まれたら腰をやりかねないので、壁際に下がる。人々の顔は残酷で純粋な好奇心に満ちている。


「……パパ、あれ、なんて書いてあるん?」


 リヴィが通りの真ん中を移動している馬車の側面に書かれた文字を指差す。その文字の隣には、絞首刑の様子が描かれている。言うまでもない、公開処刑の予告だ。役人と思しき若い男が何かをがなり立てているが、群衆の発する音に飲まれて何も聞こえない。


「あれ、首吊りの絵やろ?」

「ああ。公開処刑の予告だな。色々と罪状が書かれているが……お前たちには刺激が強すぎる」


 一人だったら舌打ちしていたところだ。それだけ酷い誹謗中傷がそこには書かれていた。人格や尊厳などまるで無視した罵詈讒謗(ばりざんぼう)の類が、几帳面に整然と書き連ねられていた。しかも処刑対象の()()は書かれていない。容疑者番号・八。すでに人間扱いされていないのがわかる。


「つまり、魔女狩りなんか?」

「……そうだ」


 そこにははっきりと「魔女」という文字が書かれていた。人々は、その馬車を追って動いている。看板によれば、西の広場とやらに向っているらしい。


「タナさん」

「放っておけるかい?」

「まさか」

「だろ?」


 タナさんは眉根を寄せつつ、ウェラを抱き上げながら、人々の波に溶け込んだ。


「ウチはパパとデートや」


 リヴィはそう言って俺の左腕に自分の右腕を絡めた。


「楽しくないデートですまんな」

「ウチ、パパのこと好きやから、差し引きゼロや」

「ありがたいね」


 俺はリヴィの的確な(腰への)サポートのおかげで、群衆の津波をなんとか乗り切れた。本当にありがたい話だ。


「あの子」


 合流した先でタナさんが指差す先には、絞首台があった。そこには頭に袋を被せられた女性が一人。群衆が「わぁーっ」と唸りを上げる。興奮の声だ。中には「魔女を殺せ!」のような声も聞こえた。隣にいるタナさんの表情は、氷のように冷たい。


「容疑者番号八番、教会はこの女を魔女と認め、贖罪(しょくざい)の機会を与えることとする!」


 黒く豪奢な衣装をまとった男が、高らかに宣言した。気に入らないことに、俺と同じ金髪碧眼で、しかも若く、俺よりも少しだけ顔が良かった――少しだけだ。そしてその黒い衣装こそ、異端審問官の証でもある。


贖罪(しょくざい)の機会って……」


 リヴィが唇を噛んでいる。俺は組まれているリヴィの右腕を軽く叩いた。落ち着け――そう伝えたつもりだ。


「せやかて、パパの心臓もバクバク言うとるやん。ええの、こんなの。黙って見てるだけでええの?」

「……良いと思ってるなんて、思ってるのか?」

「質問で質問で返すな――ママならそう言うで」


 リヴィがピシャリと言ってくる。俺は言葉に詰まる。しかし、現実問題として俺たちの前後左右にはびっしりと見物人がいて、絞首台まで辿り着くのは困難だ。そして何を叫んだところで、群衆のノイズにかき消されてしまう。それになにより、騒ぎを起こせばタナさんもウェラもリヴィもただじゃすまされない――それだけは避けたかった。


 処刑人の手により、絞首台の女の頭に被せられていた袋が取り去られた。現れたのは、まだ幼さの残る少女の顔だった。だが、頬はこけ、顔色は青白く、唇は紫色。そして何の感情も浮かんではいない。麻でできた粗末な服から覗く腕には、遠目にもわかる無数の鞭打ちの痕があった。


「魔女を殺せ!」


 誰かがひときわ大きな声で叫んだ。たちまちそれは周囲に伝播していき、大きなうねりとなる。男ばかりではない。数多くの女の声も、その中にはあった。


「エリさん!」


 タナさんが俺を振り返る。その顔は相変わらず氷のようだったが、瞳は大きく揺れていた。


「あの子は、魔女なんかじゃない!」

「……仮に魔女だったとしても」


 ――俺は、こんな悪趣味なものは認めない。


 台に登った少女の首に縄がかけられると、群衆の熱はあからさまに一段増した。その時、少女は顔を上げた。偶然か、否か。少女と視線が合った。光を失った黒い瞳は、まっすぐに俺を見つめていた。少女は小さく口を動かして、ほっとしたように微笑(ほほえ)んだ――ような気がした。


 今まさに足台が蹴り飛ばされようとしたその瞬間だった。


 突然の豪雨が、俺たちを襲った。群衆は、目も開けられないほどの集中豪雨と、鳴り響く雷に恐れを為して、「魔女の怒りだ!」と蜘蛛の子を散らすようにして消えた。俺とリヴィはその波に飲まれてしまい、タナさんたちとはぐれてしまった。


「こないに晴れとるのに、どこから来たん、この雨!」


 建物の軒下に避難してから、リヴィは声を上げる。もはや周囲には人はいない。皆、自分の家やどこかの建物の中に逃げたということだろうか。


「そんなことより、タナさんたちを探そう」

「探すまでもない。ママがいるのはあの死刑場や」


 リヴィは低い声でそう言った。


「パパはここにいて。ウチが行ってくるさかい」

「いや、俺も行く」

「急がな、ママが危ないんねや!」

「タナさんをそんなに簡単にどうにかできるやつがいるものか!」


 思わず声が大きくなってしまった。だが、俺は行かなくてはならない。タナさんが何をするにしても、あるいは何もしないにしても、俺は共にいなくてはならない。


「わかった。パパ、少し覚悟してな」


 リヴィは俺の返答を待たずに、豪雨の中へ踏み出した。その右手は俺の左手を掴んでいて、そして、信じられない力で引っ張っていた。俺は剣を帯から外して右手に持ち、杖として使った。リヴィに引きずられるようにして、それでも俺は歩く。腰は最初の数十歩で死んだ。だが、リヴィがいる限り、俺は膝をつかずに済む。


「パパ、大丈夫?」

「子どもは、大人の心配なんかするな。腰痛では人は死なない」

「そゆとこ、好きやで、パパ」


 リヴィはますます遠慮なく俺を引きずっていく。雨はさらに激しさを増していた。


 広場は閑散としていた。首に縄を掛けられた少女が、絞首台の上にぽつんと立っている。少女の黒い髪は雨に濡れ、さながら幽鬼のようだった。

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