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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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04-04. 気配

 俺はその看板に視線をやりつつ、軽く首に手を当てた。


「リヴィは文字読めないのか?」

「いやいやいやいや、読めますー。書けますー。馬鹿にせんでくれる? せやけど、この街の文字は見たことがないんねや。話してる内容はよう分かるんねやけどな」

「ああ、そうか」


 確かに、この都市の文字は特殊だ。というより、キンケル伯爵領の文字文化が特殊なのだ。現在のキンケル伯爵領は王都に続いて歴史が古く、言語文化も非常に排他的だった。俺も二十数年前にキンケル伯爵領の一都市に一年程度滞在していたことがあるが、文字に慣れずに非常に苦労した思い出がある。


「ピザって書いてあるな。そのままだ」

「へぇ、この奇っ怪な文字でピザねぇ」


 珍しく、リヴィとタナさんの声が重なった。二人は顔を見合わせて笑っていた。親子というよりは姉妹に見えなくもない。


「さて、まぁ、腹ごしらえといくか」


 表通りのこの店なら、他所者(よそもの)だからといってぼったくられることもないだろう。万が一そうなっても、タナさんがどうにかしてくれるに違いない。


 この店は酒類の提供はしていないようだった。酒の提供をしない食事処なんて、俺も初体験だった。メニュー表を見ても、庶民価格だといえた。


 丸テーブルについて、大きなピザを注文し、待つことしばし。


「わぁ! これがピザかぁ! こないな量のチーズ、初めて見た! それにこれ、なに、パン生地? すごいなぁ。薄いのにモチモチや!」


 切り分けてやったピザにかじりつきながら、リヴィが悶絶している。そのありさまを見て、タナさんは明るい声で笑っている。ウェラは伸びるチーズに苦戦しながらも美味しそうに食べている。


「美味しいねぇ、リヴィ」

「ほっぺたにチーズついてはるで、お・ね・え・ちゃん」

「ばかにするなー!」


 ウェラはそう言いながらも、二切れ目に手を伸ばしている。俺とタナさんは水だけだ。


「ん? パパ、ママ、食べへんの?」

「まずはあんたたちの腹の虫を、おとなしくさせなきゃならないだろ?」

「一緒に食べればええのに」


 といいつつ、リヴィは少し物足りなさそうにしている。タナさんは「ほらね」と言いながら、もう一枚を追加で注文する。


「おおきにー」


 リヴィはまたキラキラしながら言った。ウェラは二切れで満足したようだが、リヴィはおそらく、三枚は食べなければ満足できないだろう。


「で、エリさん。この都市の感想はどうだい?」


 タナさんの目つきが鋭い。俺は水を一口飲んで、無言でその真意を尋ねた。


 タナさんは声を潜めて答えた。


「異端審問官が来ているそうだよ」


 さっきの雑踏の中で、そのような趣旨の会話が聞こえてきたのだという。どういう耳だと思ったが、タナさんにならできるだろうという根拠のない確信はあった。


「魔女狩り、か」

「そういうことさね。それとこの都市、魔力の密度がおかしい」

「魔力の密度?」

「……相当な魔法が使われたか、あるいは使われつつあるのか。はたまた、何か強大な存在が潜んでいるか。……どういうわけかわかっちまうのさ、そういうことが」


 物騒だな。俺はピザに夢中のリヴィと、満腹で少し眠そうになっているウェラを見()る。


「補給を済ませたらとっとと出発した方がいいか」

「そううまくいくかねぇ」


 タナさんは思案顔だ。その時、リヴィが店員の女性から何やら聞いたらしい。


「パパ、ミルクも無料やて!」


 言われてメニューを見てみると、確かに、ピザ注文の場合は一杯無料とある。俺はすぐにそれを注文してやる。


「おおきに! ウチ、まだおっきくなるで!」


 リヴィはそう言って、受け取ったミルクを一気飲みした。ミルクが無料で出回ってるということは、この都市近郊では酪農も盛んなのか。豊かな土地だな。


「ねぇ、パパ、らくのーって?」


 俺の呟きを聞いていたウェラが眠そうな目をしながら()いてきた。俺はセンサーを張り巡らせながら、酪農についての説明をしたり――と言っても、俺もそこまで詳しいわけじゃない。ともかくも、俺はこの昼の時間は楽しく過ごそうと決めた。タナさんも水を飲みつつ、「それがいいね」と言ってくれる。


「リヴィ、満足したかい?」

「まだや」


 タナさんの問いかけに即答するリヴィ。結局、リヴィ一人で五枚も食べた。


「せやけど、この街には美味しいもんの気配がぷんぷんしよる。腹半分くらいにしとかな、いざっちゅーときに食べられへんやろ?」

「まだ食えるのか」


 俺は見ていただけでお腹がいっぱいだ。タナさんは「あははは」と声を上げて笑っていた。


「さて、それじゃ、いい時間だ。外に出るか」


 俺はうつらうつらし始めているウェラを起こしてから、ゆっくりと立ち上がる。普通に歩く分には、腰はまだなんとかだいじょうぶだ。


 そして店を出たその時、俺たちは見たくないものを見てしまった。

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