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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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04-01. 母さん

第四章:敵

 その日の昼、混乱の収まらないベラルドの城から、俺たちは出発した。ガナートが「これ以上迷惑をかけたくない」と言ってきたからだ。しばらく滞在してガナートの補助をすることも考えなくはなかったが、ガナートは「お前たちにはもっと大きな役割があるだろ?」と言って、俺たちを追い出した。ジェノスが最後まで見送ってくれたが、彼女もまたガナートには賛成の立場だった。


「馬車だけじゃなくて、五人の騎士の護衛、食料品に大金。馬車だけでも十分だったんだがなぁ」


 馬車の荷台に座りながら、俺は後ろをついてきている二人の騎士を見る。もうすでによく知った顔になっている騎士たちだ。あの激戦を生き抜いたのだから、相当な手練(てだれ)のはずだった。


「あの男なりの誠意と後悔のあらわれさね」


 タナさんは静かに言った。その声音に気付いて荷台を見回すと、俺たちとは反対の、つまり御者に近い側で、リヴィとウェラが抱き合うようにして眠っていた。平和な寝顔である。


「よっぽど朝の戦闘が(こた)えたんだねぇ。ふたりともよく頑張ったよ」


 タナさんはそう言いつつ、俺の隣に移動してくるなり、強引に俺の膝に頭をのせた。いわゆる()()()()()状態である。


「落ち着くねぇ……」


 俺を見上げながら、タナさんは言った。その瞳は俺をまっすぐに貫いていて、俺はその美しい輝きから目を離せない。夜空よりも(くら)く深く、それでいて優しい瞳だった。


「タナさん」

「うん?」


 タナさんは柔らかな声で応じる。


「タナさんは、エリザなんかをどうにか出来ると考えている?」

「さぁ、ねぇ」


 タナさんは目を閉じる。無防備な唇が少し開いている。


「アタシたちじゃ相手にならないかもしれないけど、ね」

「ウェラとリヴィはどうする?」

「連れて行くさ」


 タナさんは即答した。


「でも、タナさん。それだとあの二人も……」

「あの子たちにとっては、この世界は全て危険さ。ハーフエルフの精霊使い、竜族の末裔。世間様にとっちゃ、どっちもよくわからない存在――立派な魔女なのさ」

「だけど、あの子たちは悪魔となんて――」

「言っただろう? 誰の中にでも悪魔はいるんだって。だから、そいつがいつ目を覚ますかなんて、誰にもわかりはしないのさ。そしてね、ヒトってやつはね、絶望したら悪魔にも(すが)りたくなっちまう。そういうふうにできているのさ」


 タナさんは目を閉じたまま囁く。車輪の音にかき消されないくらいの、ギリギリの声だった。


「タナさん」


 俺は意を決する。タナさんはゆっくりと目を開けて、俺を見た。その目は、俺に次の言葉を促している――少なくとも俺はそう感じた。


「タナさんは、どうして魔女に?」

「そうさねぇ」


 タナさんは右手を上げた。その指先が俺の頬に触れる。


「あんたには……話そうか」

「無理にとは、言わないけど」

「あんたに聞く覚悟があるかだけ、確認させておくれ。聞いたら、アタシを」

「タナさん」


 俺はタナさんの繊細な右手を握った。


「俺は、腰以外は、なかなか頑丈にできてるんだぜ?」

「……信じるよ」


 タナさんは静かに言って、深呼吸をする。そして語り始めた。


「アタシの村は、女が生まれない村だった」

「女が、生まれない?」

「因果というか呪いというか……アタシも後に(ひと)伝手(づて)に聞いただけだけど、とにかく女が生まれなかった」


 なんとなく嫌な予感がしてきて、俺はタナさんを窺う。タナさんは小さく息を吐いた。


「アタシと母さんは、別の村から(さら)われてきた。もしかしたら金で売られたのかも知れないけど。村にはたくさん女がいた。村の男たちは、女を道具として扱った。女たちは死ぬまで子供を産むことを強要されたよ。生まれる子供はことごとく男だったけれどね」

「そんな村が」

「あったのさ。生まれた男の子たちも、村長が選別した」

「選別って……殺すということか」

「ああ。六歳までに買い手がつかなかった男の子は、貧しいあの村の冬の保存食にされたのさ」


 俺は息を飲む。人が人を食う、だって?


「その子らの母親たちも、その肉を食わされた。飢えていたから、食わずにはいられなかった。それを見て、男たちはゲラゲラと笑っていたものさ」


 言葉をすっかり失ってしまった俺だったが、なぜか両手の平がはっきりとわかるくらいに汗ばんでいるのを感じた。


「アタシも」


 タナさんは声を詰まらせる。


「アタシも男たちの慰みものだった。人肉だって食べさせられた――死にたくなかったから」

「タナさん、言いたくないことは言わないでいいんだぞ」

「吐き出させて」


 タナさんは俺を横目で見て、そして視線を外した。膝枕の体勢だったから、今の俺からはタナさんの右の頬しか見えない。


「お願いだよ、エリさん」

「……わかった」


 それ以上の言葉は不要だと、俺は判断した。タナさんはしばらく呼吸を繰り返し、俺をまっすぐに見上げるように体勢を変えた。


「女はある程度の年になると切り刻まれて捨てられた。肥料にされたり、犬の餌にされたりね。そのころまでには女たちの精神はすっかり参っちまってたから、もう誰も抵抗しなかった。殴られるより殺されることを望む女も多かった。男たちは女を殴りはしても、簡単に殺しはしなかった。たまには女たちへの見せしめとして処刑されることもあったけどね」

「……」


 俺は何も言わない。軽率に寄り添うなんてことはできなかったからだ。


「人としての誇りを全て奪われ、言葉さえも失った母さんは、ある日アタシに小さな木片を手渡した。壁板の破片だった。そこには短い単語が書かれていたけど、その時のアタシは文字が読めなかった。母さんの伝えたかったことが理解できなかった」


 タナさんの声が震えている。小刻みの震えが膝から伝わってくる。俺は唾を飲むこともできずに、ただじっとタナさんを見下ろしていた。


「母さんはその日の夜に、アタシの目の前で棒で殴られて死んで、縛られたアタシの目の前で解体された」


 タナさんはそしてしばらく口を(つぐ)む。重苦しい沈黙が流れる。俺はただじっと待つ。馬車の車輪が奏でるゴツゴツとした音がやけに大きく荷台に響いた。


「エリさん、お願いがあるよ」


 タナさんの声が震えていた。


「手を握ってくれないかい? アタシは……」

「心配するな、タナさん」


 俺はタナさんの右手を両手で包んだ。タナさんは震えながら、両手で握り返してくる。


()()()()()()()


 俺はそう伝えた。俺の声はひどくかすれてしまっていた。

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