03-14. 魔法の代償
リヴィは右手の人差し指を立てて語り始める。
「代償ちゅーのはな、自分以外の誰かに魔法の負荷を肩代わりさせるっちゅう行為のことや」
「自分以外の誰かに肩代わりさせる?」
「せや。本来、代償ちゅうのは他人に乗せるものなんや。せやから、魔法で肩が凝るなんてありえないんやで、本当は」
「でも」
「ママはな、いつからかはわからへんけど、魔法を全部自分で背負ったんや。せやから、全ての負担が自分にかかってくることになる」
「その現れが肩凝り?」
「だけやないはずや」
リヴィは深刻な顔をして言う。
「目に見えるものだけやない。身体に感じることだけやない。もっと根源的な、もっと本質的なものを犠牲にしているはずなんや」
「そう、だったのか。でもタナさんは魔法なんて使わないぞ?」
「うんにゃ」
リヴィは首を振った。
「ウチも魔力はゼロみたいなもんやから、全部おとんとおかんの受け売りやけどな、魔女ってのは生きとるだけで、代償を払い続けなならんのや」
「そんな無茶苦茶な」
「そういうものや。魔女はヒトを凌駕する力を持つんや。無意識に魔女の力を使ってしもてるんや。せやからな、ちょっとずつ負債が増えるようになっとるんや」
「無茶苦茶な取り立てだな。そこらの借金取りも真っ青じゃないか」
「せやろ」
厳しい表情を見せて、リヴィは頷いた。
「せやから、多くの魔女はヒトを殺すんや。自分では払いきれない代償を払うため。あるいは、自分では代償を払いたくないから」
「それが、あの女公爵エリザの大虐殺の真相か」
「たぶんなぁ」
リヴィは腕を組んだ。
「それでな、さっきの黒尽くめのあいつは、魔女が蘇る言うたんよね?」
「ああ、そう言いかけた」
「ママならピンと来たはずや、それが女公爵エリザのことやってな」
「どういうことだ?」
「女公爵エリザは、火炙りにされながら笑っていたそうや。煙では死なず、劫火にその身を溶かされても、最後まで笑っていたっちゅぅ伝説があるんねよ」
凄まじい生への執着――怖気がする。
「それでな、パパ。この話にはまだ続きがあってな」
リヴィが少しだけ声を潜めた。
「燃え尽きたエリザの髑髏が喋ったっちゅう話があるんねや。異端審問官の間では禁忌の情報になったっちゅうことやけど、処刑は公開だったんや。全員の口を塞ぐことはできんかった。せやから、こんな噂が残っておるんよ」
「ほぅ?」
「髑髏は言ったんや。私は必ず蘇る。その暁には貴様ら全ての魂を悪魔への生贄として捧げる――ってな」
そこでタナさんがウェラと共に戻ってきて、その言葉を引き継いだ。
「魔女が蘇る話は、実は珍しい話じゃないのさ、エリさん」
「ええっ?」
人が蘇るなんて、ありえない話だ。教会の教えがどうのというものではなく、俺たちは生来的にそれを知っている。
だが、タナさんは目を細めて俺を見る。
「ふさわしい代償を前払いさえしていれば、悪魔は簡単に生命倫理を歪めてくれちまうのさ」
「だったら今回もエリザとは断定しかねるのでは?」
「絶対にそうだとは言えないけれど、こんな馬鹿げた炎の柱を見せつけ続けられる魔女なんて、そうはいないさ。なんにしてもまともな相手じゃない。何百人、何千人の魂を、ただ空を焦がすためだけに使っているのだからね」
「ねぇねぇ、ママ」
ウェラがタナさんのドレスの袖口を引っ張った。血なまぐさい風が、炎と灰の臭いを運んで中庭を抜けていく。
「魔女と精霊使いって違う?」
「大違いさ」
タナさんはウェラの頭を撫でる。
「いわば、世界に愛されて生まれるのが精霊使い。ウェラは生まれたときからこの世界に歓迎されているのさ」
「そうなの?」
「世界を司る精霊がことごとくあんたの味方。それはつまり、世界に愛されてるっていうことなのさ」
なるほど。俺は座ったまま頷いた。燃え上がる炎を見上げながら首を振った。
「魔女はね、世界を憎んだ結果、悪魔と契約しちまった人間のことさ。魔女はね、世界にしてみれば敵なんだ」
「悪魔は闇の精霊、だっけ?」
「そう。だけど、悪魔は悪魔さ。確かに世界を構成する要素ではある。けど、悪魔っていうのはどこまでも強欲な――いっちまえば世界にとっての寄生虫みたいなものさ」
自虐的に呟くタナさん。その瞳が俺を捉える。
「だからね、エリさん。善悪二元論的な話では、魔女狩りってのは案外……理に適っているのさ」
「悪魔との契約者……か」
「そうさ」
タナさんはそう言うと目を閉じた。
「……ヤツはアタシにも憑いている」
「そ、そうなのか?」
タナさんからは不穏な気配を感じない。そんな俺を見て、タナさんは豪快に笑う。
「見えやしないよ。悪魔ってやつは巧妙に隠れているのさ。宿主の血を吸いながらね。でもこれは、魔女に限らない」
「えっ?」
「魔女ってのは、そういう寄生虫の存在を認知し、具体的に契約と手付金を支払っちまった人間のことさ。だからね、誰でも、それこそ男だって、魔女になる可能性はあるのさ。悪魔は誰にでも憑いていて、契約の機会を窺っているんだ」
「そ、そうなんだ」
衝撃的な事実だった。魔女というから、そういうのは女性ばかりだと思っていた。
「でもね、エリさん」
タナさんは少し目を細めた。
「この事実は異端審問官なら誰でも知っているはずさ。けどね、誰も絶対にそうとは認めない。一方的に狩ってた側が、狩られる側になってしまうようなリスクを生じさせるようなことはしたりはしないのさ」
「でもそれでは」
「女ばかりが犠牲になる、かい? そうさ、そのとおり。アタシだってもちろん、そんなことは認めたくない。けどね、男も女も、誰も彼もが魔女かもしれない、そんなふうな世界は、アタシはもっと御免なんだ」
「でもそれじゃ、女の生きる権利は――」
「エリさんさ」
タナさんは大きく息を吐いた。
「あんた、ウェラやリヴィのこと、護るかい?」
「何を当たり前のことを。何を犠牲にしたって護るさ」
「どうして?」
どうして?
俺は混乱する。しかし、数秒で我に返った。
「そういうのって理屈じゃないだろ、タナさん。護りたいから、護る。そこにあの子たちがいるから、護る。それ以上の理由がいるのか?」
「あはは、そうさね。それでいいのさ」
タナさんは肩を震わせる。
「タナさんやリヴィの言葉を借りるなら、それが縁ってことになるだろう?」
「あのさ、エリさん」
「なんだい?」
「あんたは強いね」
「強い?」
俺は首を傾げざるを得ない。タナさんは俺の隣に腰を下ろす。ウェラもその隣にちょこんと座った。リヴィは立ったまま、周囲を油断なく見回している。
「てっきりね、罪滅ぼしとか、過去の清算とか言うものだと思っていたよ」
……罪滅ぼし、か。
俺は思わず自分の右の掌を見た。
「タナさん、俺の――」
「死相さね。エリさんには尋常じゃない死相が浮いているんだ。普通の生き方をしていたら絶対にそうはならないくらいのね」
死相……。それは当たっていると思う。
「だから、聞いてみたのだけどね。まぁ、それがあんたらしさなんだろうさ」
「過去は変えられない。罪の清算なんかできやしない。俺はそう思ってるんだ」
「罪人は、永遠に罪人だということかい?」
――罪が永遠に赦されないなんて、悲しいだろ?
かつてのタナさんの言葉。ウェラを襲ってきたならず者を巡って交わした会話だ。俺は首を振る。
「残念ながら、俺は生きている。生きている以上、過去は消せない」
「……そうだね」
タナさんは空を見上げた。炎の柱は未だに城を焼き続けている。消火なんて到底できそうにない。
「だからな、タナさん。俺は過去を清算しようだなんて思っちゃいない。その過去は常に俺の中で疼く。その傷みを癒そうだなんてことは、考えてないんだ」
「傷み、か」
タナさんは少しだけ俺に近付いた。
「ねぇ、エリさん。アタシは……人を、つまり、あんたを、本気で好きになる権利はあるのだろうかね」
「俺はタナさんの過去を知らない。けど、それがどうであったとしても、今笑ってはならない理由になんてならないと思うんだよ」
「こんなことが、アタシに許されるのかねぇ」
「俺は、タナさんに笑ってほしいよ」
「あ! ウェラも! ウェラもママには笑っていて欲しい!」
「ウチもやで!」
娘二人が元気に言った。それを聞いて、俺は肩を竦める。
「許す許さないじゃないと思うんだよ、タナさん。俺たちはタナさんの笑顔を見たい。それだけで笑う理由には十分じゃないか?」
「……泣かせるねぇ、エリさん」
タナさんは目尻を拭う。
「さて!」
タナさんは勢いを付けて立ち上がった。俺は動けないのでただ見上げるだけだ。
「アタシたちの敵が見えてきたよ」
「エリザ女公爵、か」
「そ」
「強敵すぎないか?」
俺が言うと、タナさんは豪快に笑った。
「この物語の主役は誰だと思う、エリさん」
「えっと……タナさん?」
「馬鹿だね。あんただよ、エリさん」
「お、俺?」
「そう。これはね、あんたの物語だよ」
タナさんとリヴィの力を借りて立ち上がる俺。しかし、俺はリアクションに困っている。
「世界を救うもよし、田舎に引きこもるもよし、アタシとひたすらイチャイチャするもよし」
「最後のがいいな」
俺はリヴィに支えられつつ言った。リヴィが口笛を吹く。
「でも、そうだなぁ。タナさん、どれか一つ選べってことかい?」
「いや――」
俺は腰に手を当ててゆっくりと胸を張った。息が自然と吐き出される。
「それなら」
「それなら?」
タナさんの口角が少しだけ上がったのを、俺は見逃さなかった。俺は続ける。
「全部だ」
「おやおや」
タナさんは小さく笑う。
「あんたもなかなかに強欲だねぇ。でも、そうさね、悪くないねぇ」
「だろ? タナさんも付き合ってくれるよな?」
「地獄の果てまで追いかけてやるさ」
「なら、安心だ」
俺は頷き、腰に響かない範囲の力で、タナさんの肩を抱いた。




