03-13. 女公爵エリザの伝説
どうしたものかな?
迫ってくる騎士たちを見、溶けた地面を見、俺は考える。
「魔女って言葉にずいぶんわかりやすい反応してたな」
「そうだねぇ」
タナさんは険しい表情で考え込んでいる。迫りくる騎士などどうでもいいと言わんばかりの態度だった。
「パパ、ウチ、ガナートのおっさんのこと護ってくる」
「体力的には?」
「ようやっと身体が温まったくらいやで」
「わかった。頼む」
「おおきに」
リヴィはガナートとジェノスの所に走っていった。下手をすれば、数の差は百倍にもなるだろう。リヴィたちが持ちこたえているうちに、活路を見つけ出さなければならない。
どうしたものかと考え始めたのと、俺の身体が動いたのは同時だった。俺はウェラを抱えてタナさんを押し倒した。同時に、城の一部が爆発して吹き飛んだのだ。大小様々な礫が、俺たちに降り注ぐ。
「エリさん、大丈夫かい?」
「今ので……腰をやった」
「あらま」
タナさんはそう言って俺の下から這い出し、ウェラを救出した。俺はといえば、うつ伏せで転がされたままだ。でも今は下手に動かすのは悪手だ。痛みが引くまでじっとしている他にない。なんて格好の悪い……!
「キース様の居室が……」
キース派の騎士が何やら喚いているのが聞こえてくる。ちなみに俺は死んだふり中だ――どうしよう、格好悪すぎる。
状況からして爆発したのはキースの部屋らしかった。そして騎士たちは「話が違う」というような趣旨の事を喚いている。やはり最初からそういう話だったということか。だが、ガナートがこうも様変わりすることは、さすがに予想できなかったと思うのだが。
とにもかくにも、敵方の指揮系統はめちゃめちゃになっているようだ。そこにリヴィとジェノスが突っ込んでいったようだ。……「ようだ」というのは、俺は反対方向を向いて倒れていて、そっちの方向を見ることができないからだ。だから、多分、そういうことだろうという予想の上で分析している。死んだふりをしながら。
かろうじて視界に入る情報からは、城の三分の一近くが消滅しているのがわかる。ベッドから出られないキースがどうなったかなんて、推して知るべしである。そもそも最初から捨て石にされるべく爆破されたと考えてもいいかもしれない。それに、未だに炎は上がり続けているが、それは明らかに超自然的なものだった。炎が吹き上がっている、というよりも、巨大な炎の柱が突き刺さっているという表現をするほうがまだしっくり来る。
「敵は撤退しはじめたねぇ」
タナさんがようやく俺を助け起こしてくれた。だが、腰のダメージは深刻だ。せっかく回復したと思ったのに、たったアレだけのアクションで元の木阿弥だ。
「あんたの腰をしっかりほぐしておいたおかげで、アタシたちは命拾いしたってわけだ。さすがアタシだね」
なるほど、そういう考え方か。俺は前向きなタナさんに心の中で拍手を贈る。
「まるで俺たちを狙ったみたいな襲撃だったな」
「存外そうかも知れないねぇ」
タナさんは俺の剣に一瞬だけ視線を走らせる。俺にはその意味がよくわかっていない。
「さっきの魔導師は、魔女が蘇る、と言いかけてたよな?」
「だね」
俺は足を伸ばして座っている。これ以外の姿勢は、今は無理だ。
そんな俺の隣にはタナさんが座っている。戻ってきていたリヴィとウェラは、撤退していく騎士たちを油断なく観察していた。もはや騎士たちは烏合の衆だ。ガナートの手勢だけでどうにでもなるだろう。ジェノスもいるし。
「魔女が蘇る――か」
タナさんは首を振った。ヤバイ案件らしい。
「エリさん、女公爵エリザの話は知っているかい?」
その名前に、俺の心臓が跳ねた――気がした。
「王家に連なる名門、レヴァティン家のエリザのことで間違いないか?」
「それ以外に、女公爵なんているもんか」
タナさんは燃え盛る城を見上げながら言う。その口調は平坦だ。
「史上最大の虐殺者にして、最悪の魔女。強欲の魔女とも呼ばれているね、魔女の界隈では」
思い出した。俺が子どもの頃に聞いた話だ。
女公爵エリザ・レヴァティンは、領民数万を虐殺した。気候すら操り、疫病を作り出し――諸説はあるものの――その飢饉と病魔で王国内だけで数十万人、周辺国も合わせると数百万人を死に追いやったとも言われている。現代の魔女狩りは、実はあながち無根拠なものでもないのだと、俺はようやく気が付いた。
「女公爵エリザの伝説はウチもよう聞かされてきたんやけど、本人ははるか昔に火炙りにされてんねやろ?」
「魔女の死は死に非ず――さね」
血なまぐさい風が俺たちの周囲を吹き抜けていく。タナさんを窺うと、タナさんもこっちを見ていた。目を細めた感情の読めない表情に、俺は沈黙を選ぶ。
「まして強欲の魔女ともなれば、簡単に生への執着を手放すとは思えないのさ。それにあの魔法を見てごらん。あんな魔法を白昼堂々発動させるなんてのはね、エリザくらいにぶっ飛んだやつにしかできない所業さね」
タナさんの横顔は鋭利なナイフのようだった。
「あの炎一発で、何百人分かの魂――代償が必要さ」
「何百人だって?」
「魔法ってのはね、バカみたいに代償を要求するのさ。精霊を狂化させ、魔導師をけしかけ、あまつさえ自分の魔法でトドメ。その魔法もとびきりの……ものさね」
唇を噛みしめるタナさん。
「見れば見るほど、禍々しい……炎だねぇ」
「これが魔女の力か」
「本物の魔女の力、さね」
タナさんはそう吐き捨てる。その眉間に深い皺が刻まれていた。
「タナさんは……」
「魔法は肩が凝るだろ。アタシがあんなもの使ったら全身が砕けちまうよ」
「それがさっき言ってた代償ってやつか?」
俺が言うとタナさんは瞳をギラリと輝かせながら頷いた。そこでリヴィが割り込んでくる。
「それ、ウチ知っとるで!」
「ならあんた、説明を代わっておくれ」
「りょーかいや」
リヴィは俺を座らせると、自分も目の前であぐらをかいた。女の子のあぐらというと……とは俺も思っていたのだが、リヴィに関しては気にならなかった。むしろ、彼女らしかった。
その間、タナさんはウェラを伴ってガナートの方へと向っていった。
俺は焦げた地面に視線をやってから、リヴィの方に向き直った。リヴィは顎に手をやっていたが、やがて一つ頷いて腕を組んだ。
「パパ、あのな」
リヴィが少し胸を張り、神妙な顔を俺に向けた。




