03-12. 魔女の呪いと恐慌
ウェラが精霊を召喚したその直後に生じた激しすぎる閃光。俺はまたもそれの直撃を受けて、視界を失ってしまう。目を閉じて顔を伏せてはいたのだが、それだけでは意味がなかったらしい。頭蓋骨の中までビカビカと光が乱反射しているかのような気持ちの悪さが残っている。
「みんな、無事かい?」
タナさんの声が聞こえ、それから数拍置いてようやく視界が戻ってくる。見回してみた所、俺たちもガナートも騎士たちも無事だ。だが、空を見上げると、空間が歪んでいるのが確認できた。
「エネルギーのぶつかり合いで、空間自体が歪んじまったのさ」
唖然とする俺に、タナさんが囁く。俺は下りてきた黒い箱を見ながら問う。
「あれが……直撃してたら?」
「アタシたちなんて、消し炭にすらなれなかったと思うよ」
「こわ」
言いながら俺は懐に手を入れ、素早く短剣を抜いた。だが、タナさんの動きの方が一瞬早かった。タナさんの手から離れていったナイフが、甲高い音を立てて回転しながら飛んでいく。俺は短剣を鞘に戻し、そのナイフの飛んでいった先に向かっていく。そのついでにリヴィの肩を叩く。
「頼む、リヴィ。あの黒いやつをぶっ倒しといてくれ」
「まかしとき!」
リヴィは早速剣を担ぐように構えて、黒い箱に突撃していく。ジェノスも後を追ったようだ。俺の後を追ってきたのはタナさんだった。
「全く、勝手に動かないでおくれ」
「あいつ、ほっとけないだろ」
俺たちの目指す先には、血塗れで倒れている黒ずくめの男がいた。騎士ではない。
「こいつは何だ?」
「魔導師さ」
タナさんはそう言うと、のたうち回る魔導師の腹から短剣を引き抜いた。男は悲鳴を上げ、派手に血が噴き上がった。だが、タナさんは器用に避けている。
「タナさん、魔導師ってのは?」
「魔女の力を体系立てて再構築する研究をしている奴らさ」
聞いたことがあるな、そういえば。俺は古い記憶を辿る。ただ、異端審問官たちとは全く相容れない存在だから、異端審問官たちの目を避けてひっそりとやっていたはずだ。というより、何度も教会によって粛清されてきた存在だから、現代に於いては実在すら疑わしかった存在だ。
「精霊を狂わせてけしかけたのもお前か」
俺は尋ねるが、魔導師は顔を歪めただけで答えようとしない。
「俺たちを狙ったのか? それともガナートか?」
――やはり答えない。
そうこうしている間に、リヴィがジェノスと共に、狂った精霊を圧倒し始めていた。そこにウェラが精霊の力を呼び出して支援しているようにも見える――見える、というのは、俺には何が起きているかよくわからないからだ。
「アタシは気が短いんだ。さっさと答えな」
「教えるものか」
魔導師はくぐもった声を出した。というより、傷を見るに、声を出すのが精一杯なはずだ。そんな魔導師を見下ろしながら、タナさんはまたナイフを弄ぶ。絵的にすごい迫力だ。俺は剣の鞘尻で魔導師をつつきつつ、「はやい所、知ってる事を話したほうが身のためだぜ」とアドバイスしてやった。しかし、魔導師は冷笑を見せただけだ。
「仕方ないねぇ」
タナさんは落ちていた誰かの長剣を拾い上げると、右手一本で高く持ち上げた。無茶な挙動であるにも関わらず、まったく軸がぶれてない。鋳鉄の長剣は、女性の細腕一本で真っ直ぐに振り上げられるような代物ではないのだ。だが、タナさんは軽々とそれをしてみせる。
「封印してた魔女の力を解放しちまうけど、いいのかい?」
「魔女……だって?」
魔導師の顔に初めて狼狽の色が浮かんだ。極めてわかりやすい変化だった。
「あの精霊を操っているのは魔女で、あんたはその目だね」
「こ、答えるはずが――」
「ねぇ、あんた。魔女が一番得意とするものって、何だと思う?」
タナさんは剣を打ち下ろす。その切っ先が魔導師の喉元にピタリと突きつけられる。すごい技量である。俺なら間違えて刺殺しているところだろう。
「それはね、呪いさ。生きてるのが辛くなるような、殺してくれとのたうち回るような、ね。そんなとびっきり素敵な呪いをかけたげようかねぇ?」
「や、やめろ……それは……!」
極度に恐れを見せる魔導師。こいつは……。
タナさんが俺に視線を送る。俺は小さく頷いて、倒れている魔導師の頭の近くに片膝をついた。
「お前の後ろにいるのは誰だ。今白状したら、素直に死なせてやる。さもなくば永遠に苦しむ羽目になる」
「それは……こ、殺せ」
「楽には死なせてはくれなさそうだぜ?」
「魔女に食われたくなどない……!」
発狂しそうな魔導師。しかし、出血の多さから、その声はどんどん小さくなっていく。
「さぁ、お言い。誰があんたの黒幕だい」
「あいつが……」
魔導師は観念した様子で呻いた。
「よみがえ――」
その直後、俺は飛びかかってきたタナさんに押し倒された。そのタナさんの背後で、魔導師が白い炎で焼かれていた。タナさんの行動が一瞬でも遅ければ、俺たちは二人揃って丸焼きになっていたに違いない。あまりの高熱に、タナさんが落とした長剣が飴のように溶けていた。
俺はタナさんを引き起こすと、更にそこから距離をとった。
「タナさん、無事かい?」
「ウェラのおかげさね」
駆けつけてきたウェラは肩で息をしている。狂った精霊を撃滅したリヴィも走ってくる。ジェノスはガナートの方へと向ったようだ。
「水の精霊さんに来てもらったんだ」
「すごいな、ウェラ。助かった」
俺はウェラのその緑がかった金髪を撫でる。ウェラは疲れた顔をしていたが、少し誇らしげでもあった。
「リヴィもよくやった。さすがだな」
「ジェノスさんのおかげや。勉強になったわ」
「それはなにより。で、だ、タナさん」
「ああ、そうさね」
タナさんは腕を組んでいる。城門から、続々とキース派の騎士が入ってきている。どう考えても、今無事な騎士たちで対処できる数ではなかった。
「アタシらは、とんでもないヤツを敵に回してしまったのかもしれないねぇ」
「とんでもないヤツ?」
「どこぞの魔女さ」
白炎は消えていた。魔導師の姿はもうどこにもなく、灰の一つも落ちていない。地面は赤く煮立っていて、とても現実とは思えない光景だった。




