03-09. 生命のペンダント
その表情の意味を詮索する暇もなく、俺たちは大きな食堂に案内された。
「ところで、俺たちと一緒に来た女たちは無事なんだろうな」
「もちろん」
食堂に入ったところで立ち止まって尋ねると、先頭を歩いていた給仕は振り返って胸を張る。
「もうすでに食事を終えて、順次出発の準備に入っております」
「さらわれた場所に?」
「左様です。ガナート様より魔女ではなかった旨の証明書も渡されておりますので、しばらくは安全でしょう」
証明書、か。異端審問官が見たら鼻で笑うだろうが、それでも一般人たちが手を出すことはできない。ガナートもそのあたりは承知だろう。根本解決はともかく、今は時間を稼ぐのが第一と見たのだ、ガナートは。その方針には俺も賛成だ。
「しかし、異端審問官は百名の魔女容疑者を探せって言ったんだろう?」
この給仕がどこまで知っているかはともかく、訊いてみることにする。給仕は「左様です」と肯定しつつ、俺たちのカップに紅茶を注いで回った。朝食とは思えないほどの豪華なメニューに、俺はやや呆れ、タナさんはサラダと一欠片のパンを確保しつつ思案顔だ。リヴィは「めっちゃあるで!」と目を輝かせ、ウェラは黙々と何種類もあるパンを齧っていた。
「お貴族様言うんは、毎日こないな豪華なもん食べとるんか?」
「いいえ」
給仕はきっぱりと否定した。
「キース様はともかく、ガナート様は質素倹約を旨となさっております。今日は特別です」
「そ、そうなん? あのおっさんがねぇ」
「あの方も気の毒な方なのです」
給仕が言う。この男装の給仕、俺の見立てでは相当な剣の使い手でもある。間合いの取り方や足運び、目線、そういったものが実戦経験を感じさせる。獲物こそ見えないが、どこかに隠していると言われても納得だ。そして先手を取られたらまず勝てない。
「あの方は――」
「理想と現実の狭間、だろ」
タナさんはサラダを眺めながら言った。給仕は頷く。
「しかし、皆さんのおかげでガナート様もようやく、自分がどう生きれば良いのか、知ることができたのだと思います」
「羨ましい話だな」
俺は言った。俺にはまだどう生きればいいかがわからない。
「ガナート様のこれからの道は、今まで以上に厳しいものになります」
彼女は言った。
「――異端審問官を敵に回すわけですから」
「そうだねぇ」
タナさんはぼんやりと頷いた。
「でも、ガナートは決めたんだろう? 領民を護るって」
「ええ。それは昨夜、私が間違いなく確認しました。異端審問官みたいな他所者に、領民をとやかくさせるわけにいくものか、と」
ほう。俺は紅茶を飲みつつこっそり息を吐く。香る湯気がふわりと上がった。
「ガナートは疫病や飢饉を領地に招き入れるわけにはいかない――そう信じていたようだが」
「いえ」
給仕は首を振る。
「あの方もわかっておられるのです。そんな事をしても、災厄は来る時には来ると。魔女狩りのような行為は、領主として、何かしてみせたというポーズに過ぎないのだと」
「……」
何か言おうとしてやめる俺。タナさんも黙っていた。リヴィとウェラは黙々と食べ物を口に運んでいる――ふたりともすごいスピードだ。
「あの方は奥様とお子様を本当に愛していらしたのです。しかし――」
「五年前の疫病で、か」
「左様です。そして、その虚しさや憎しみをぶつける対象が、魔女しかいなかった。そんなことはないと知りつつも、そうせざるを得なかった」
そう、だよな。
ガナートが五年間も大切に保管していた羊皮紙。そこに書かれた言葉。
「ガナート様は、あなたがたに感謝しておられます。もちろん、私も」
「ふむ」
タナさんは少し難しい顔をしていた。
「ところであんたさ、人間じゃぁないね?」
「……そう、ですね」
男装の給仕は頷いた。この部屋には俺たち以外に誰もいない。思わぬ言葉に、リヴィとウェラが硬直している。
「ですが、あなたがたに害を為すことは、誓ってありません」
「そうだろうね」
タナさんは言うが、俺には何のことだかわからない。給仕は意を決したような表情を見せて、ついとリヴィに向き直った。
「リヴィさん」
「ウ、ウチ? な、なんや?」
「これを」
給仕は内ポケットから小さなペンダントを取り出した。その表情に一瞬影が差したのを俺は見逃さなかった。きっとタナさんも気が付いただろう。
リヴィは「え?」と素っ頓狂な声を上げた。
「あっ、これって……」
「リヴィ、受け取るんじゃない」
タナさんが鋭い声で言った。手を伸ばしかけたリヴィは、驚いて手を引っ込めた。




