03-08. 強く抱きしめる
翌朝、俺が目を覚ますと、タナさんと娘二人はすでに着替えまで済ませていた。タナさんは黒いドレス、ウェラは子供用の動きやすそうな、しかし上品な刺繍の施された衣服、リヴィは黒い男性用の簡易礼装だった。
「ウチのが男の子用言うのが気に入らんけど、城にないっちゅうならしょーがない」
リヴィは襟元を緩めつつ文句を言っている。ウェラは新しい服にご満悦だ。タナさんのは……。
「これ、ガナートの亡くなった奥さんの服らしいよ」
「そうなのか」
俺が寝ているうちに、ガナートから諸々差し入れがあったらしい。
「エリさんの服ももらったけど、着るかい?」
「うん?」
俺は示された服を広げてみる。これはこの地方に古くから伝わる伝統衣装じゃないか? そのまま歩兵の儀礼用装備ともなっているはずだ。
「さっき確かめてみたけど、いい生地さね。さすがはベラルド家だよ」
タナさんは暗に「着ろ」と言ってくる。娘たちは給仕の者と一緒にどこかへ行ってしまった。剣を持ったリヴィがいるから、大丈夫だろう。俺は遠慮なく、その服を身に着けた。ベッドサイドに腰掛けたタナさんが、「ふぅん」と目を細める。
「さすがは育ちの良いエリさんさ。きちんとした服を着れば、きちんと映えるじゃないさ」
「そ、そうか?」
「顔以外はね」
タナさんはニヤニヤとそう言った。俺は苦笑せざるを得ない。
「気にしてるんだぞ?」
「ここだけの話さ」
タナさんは幾分声を潜めた。部屋には誰もいないのだから、その必要もないはずだが。
「アタシ、あんたのその顔も好みなのさ。それ以上の言葉が、必要かい?」
「いや、十分だ」
俺は観念する。俺はタナさんには絶対に勝てないなとも思った。
「ところでタナさん」
「なんだい?」
ベッドから立ち上がって、タナさんは俺に近付いてくる。そして俺の服の襟口を少し直した。
「今、全然腰が痛くない」
「そりゃ何よりだ」
俺はいきなりタナさんを抱きしめてみた。タナさんの華奢な身体が、衣服ごしに伝わってくる。
「ちょっと、エリさん。痛いよ」
「我慢して」
「……ふぅ」
タナさんは息を吐くと、俺の背中に手を回してきた。
「どうしたんだい、エリさん。こんなこと――」
「力いっぱい抱きしめたくなった」
俺は言った。
「そうか。普段は力をいれられないもんねぇ」
「ああ。だから今はちょっとだけ我慢してくれよ」
「仕方ないねぇ。アタシでいいなら、好きなだけ堪能しなよ」
タナさんはククッと喉を鳴らす。
「でも、襲ったりはしないんだろう?」
「朝からってのはちょっとね」
俺はそう言って笑う。タナさんも笑った。
「アタシの人生も捨てたもんじゃなかったねぇ」
「奇遇なことに、俺も今そう思った」
俺がそう言った時、ドアが開いてリヴィが姿を見せ――固まった。ウェラはリヴィの背中から顔を出して「あーっ」とか声を上げている。
「パパ、ママ、仲良し……するん?」
仲良し?
俺はしばし考えて、ようやく答えに行き着く。そんな俺の腕に抱かれながら、タナさんは「あはははは!」と声を立てている。
「それはまだまだ先のお楽しみさね」
「ウ、ウチはええんやで? 気にせんでええで?」
「リヴィ、あんた、興味あるだけだろ。子どもにはまだ早いよ」
「そ、そやな。ウチも恥ずかしくて頭が熱ぅなってきたわ」
純粋な子だなぁと思いつつ、俺はタナさんから離れた。タナさんは首と肩を回してゴキゴキ言わせている。
「ね、リヴィ」
ウェラがリヴィと並んで部屋に入りつつ訊いた。
「仲良しってなに?」
「パパとママがな――」
「リヴィ」
俺とタナさんの声が重なり、リヴィは首を竦めた。タナさんが静かな声で言った。
「ウェラもいつか知る時が来るさね。まずはウェラもいい男を見つけないとね」
「幼女には無理や。危ないおっさんしか寄ってきぃひん」
「幼女って言うなぁ!」
また姉妹喧嘩が発生してしまった。ちょうどその時、扉がゆっくりと押し開けられた。
「失礼致します」
ドアの向こうから姿を見せたのは給仕だった。黒いショートヘアと深緑色の瞳が印象的な女性で、なぜか男物の衣装に身を包んでいた。着慣れているのだろう、男装とはわかるのに、まったく違和感がない。
「朝食の準備ができております」
「今、行くよ」
タナさんが反応した。その目は意味ありげに細められていた。




