03-07. 好きということ
ベッドが何度か揺れる。娘のどちらかが身を起こしたのだ。
「うにゅ~」
リヴィの寝ぼけた声が聞こえた。
「はっ、ウチ、見てはいけないものを見てるんとちゃうやろか!?」
「馬鹿だねぇ、リヴィ」
タナさんは豪快に笑った。
「エリさんにできるわけないだろ?」
「それもそ……って乙女になんの話させんねや、ママ」
「いや待って、ふたりとも。なんか俺が馬鹿にされてないか?」
「ないない」
タナさんが軽く、しかも心のこもってない声で応じてくる。刺さるなぁ。
「なぁなぁ、パパ、ママ。二人の時間を邪魔するようで気ぃ引けてはおるんねんけどな、気になって寝られんねや」
「寝てたじゃないか」
俺とタナさんが同時にツッコミを入れるが、リヴィは意にも介さない。
「ママとパパは結婚してないんねやろ?」
「会ったばかりみたいなもんだからな」
「ふむー」
リヴィはベッドの上にあぐらをかいた……気がする。顔が向けられない。
「でもな、ええ感じやな! ママはパパのことが好きやろ?」
「女同士、その辺は通じちまうのかねぇ」
タナさんは小さく笑っている。その声が耳にも心地良い。
「そうさ、多分ね。アタシはこの男のことが好きなんだ」
「多分って? 好きなら好きで終わりやないの?」
「好きで終わり?」
「せや」
リヴィは元気よく肯定する。
「ウチもな、結構モテてたんやで。ウチも好きな子がおった。二つ下の男の子やってんけどな、去年、病気で死んじまいよった」
思わぬ告白に絶句する俺。リヴィはこの年で、どれほどのものを失ってきたんだ?
「ウチな、その子に好きやって伝えてやれんかった。最期までそばにはおったんねんけどな。きっちり言葉にして伝えてやれんかった」
「気付いてたんじゃないかな」
俺が言うと、リヴィは「うーん」と呻いた。
「せやかて、あいつな、いっつも本読んでたんよ。うちの家出したおとんが持っていた本を全部読んだんちゃうかな。とにかく本ばかりで、ウチとなんてほとんど会話もせんかった」
うん? 今さりげにすごいこと言わなかった? お父さんが家出?
「ああ、おとんはどうでもえぇんや。小さい頃はよう遊んでくれとったから、いい思い出の中で頑張っていて欲しいだけや」
リヴィ――ちょっと胸が熱くなる俺である。
「あいつ、ウチのこと少しは恋愛対象として見ててくれたんやろかなぁ」
「その年頃で、女の子が嫌いな男はいないよ。まして自分に好意を持ってくれてる女の子には敏感なんだ」
「そんなもんなん? パパもそないやったん?」
「ああ。多分ね」
正直に言うと、俺にも言うほどそういう経験がないから、なんとなくそう思っているだけかもしれない。俺の十代は――まだあまり思い出したくはないな。
「しまったなぁ、好きって伝えておけばよかったわぁ」
「アタシはさっき伝えたからもう未練はないさね」
「え、そうなん? いつの間に」
「あんたが寝てる間にね」
タナさんはフフフ、と意味深に笑う。
「なぁなぁ、ママ! どこが決め手やってん?」
「顔……じゃぁないさね」
タナさんはあっけらかんと言った。結構刺さった。気にしてるのに。
「エリさん見た目も大したこと無いし、年齢も結構行ってるからねぇ」
さらに刺さる。俺のライフはもうゼロだ。
「確かにパパは二枚目言うより三枚目やけど、やったら、ママはどこに惚れたん?」
「そうさねぇ。アタシはね、芯のある人間が好きなのさ、多分。本人を前にして言うのもデリカシーが無い気がするけど、まぁ、そうさね。言っちまえば、一生一緒にいたいと思えたってことなのかねぇ」
「うわぁ、本気の惚気きたわぁ!」
「それが好きってことなのかねぇ」
「それやで! ママ、それや! それが好きってことや! ええなぁ、ええなぁ!」
なんか身動き取れないからアレだけど、動けるなら今すぐでもここから逃げ出したい。いったいぜんたい、これは新手の拷問か何かなのだろうか。あることないこと自白してしまいそうである。
「エリさんはね、怒るべき時にはきっちり怒る――大理石の床を砕く程度にはね。身体が言うことを聞かないとしても、その時出来る最善のことをしようとする。アタシを助けた時然り、ガナートを倒した時然り。多分、これはこれから未来永劫変わらないだろうさ」
「それは買い被りっていうもんだよ、タナさん」
「いいや、アタシは間違えないさね」
「魔女だから?」
「魔女は引退したんだっつってんだろ」
タナさんの方からゴキゴキと音が聞こえてきた。
「ちっ、これだから魔法は……」
どうやらタナさんの肩や首が音を立てているらしい。もしかして、さっきの「魔女の印」ってやつのせい? 魔法は肩が凝るって言っていたけど、そういうこと?
「さ、エリさん、仕上げするよ。寝ちまいな。これからしばらく、アタシはリヴィと乙女トークをしなきゃならないからね」
「あ、うん。乙女トーク?」
「乙女に反応してんじゃないよ、エリさん。アタシだって女さ。女ってのはね、永遠に乙女なのさ」
なんだそれ。俺は心の中でツッコミを入れつつ……気付いたら俺はその手のぬくもりを感じながら、爆睡していた。




