03-06. タナさんの告白
それから問答無用でガナートの部下によってこの豪華な客室に連れてこられたところまでは良かったが、そこまでだった。かろうじて自力で部屋の中央のキングサイズのベッドに辿り着いたが、そこで腰が死んだ。
「う、動けない……」
脂汗ダラダラ状態である。タナさんはうつ伏せになった俺の上着をまくりあげ、「こいつぁひどい」と呟いた。何がどう酷いのか説明してほしいという気持ちはあったが、聞いたら余計痛くなるかもしれないのでやめておいた。
「しょうがないねぇ」
タナさんは自分のカバンから何やら持ち出してきて、俺の背中に置いた。あ、お灸だ、これ。
「ウェラ、火を頼むよ。こんがりとね」
「えぇ?」
露骨に戸惑うウェラ。うん、ウェラ、それは冗談だからね。マジで。
「うわー、めっちゃ腫れてるやん。こんなん見たことないわ」
リヴィが余計な情報を俺にくれる。腰は自分では見ることができないので、余計に気になる。
「灸が終わったら揉むよ。ウェラ、リヴィ、あんたらも疲れただろう? 休んでていいよ」
「パパの隣で?」
リヴィがにひっと笑う。確かに、この部屋にはベッドはこの一つしかない。
「おじさんの近くじゃ寝られないかい?」
「お、おじさん、言う、な……」
「何をいまさら。アタシたちはリヴィの倍以上年食ってるんだ。アタシはギリギリおねえさんだけどね、あんたは立派なおじさんさ」
「むぅ……」
異議を唱えたいが、とりあえずお灸が気持ち良いので良しとした。
「ウチとウェラ、どっちがパパのそばで寝るかやなぁ」
「ウェラがとなりー!」
「ええ、なんの権利でそうなるん」
「ウェラちっちゃいからね」
「おねえちゃん、なんやろ?」
「おねえちゃんだけど、ちっちゃいからいいんだもんー」
「なんやその理屈」
うん、なんだなんだ? 俺のそばを巡って女の子たちが対決してるのか? こんなの夢でも見たことはないぞ。
「モテモテじゃないか、エリさん」
「そうみたいだな」
「嬉しいかい?」
「あたりまえだ」
「ふぅん」
タナさんは思わせぶりに息を吐いて、ベッドの端に腰を下ろした。
「にしたってさ、エリさん。大理石の床を鞘尻で砕くとか、ちょっとは自分の身体を考えな」
「う……面目ない」
それについては反省している。俺が俺を制御できなかった結果だ。
「まぁ、いいさね。どれ」
俺の隣には、寝息を立てているウェラと、リヴィがいる。俺の至近距離争奪戦は、なんか中途半端なところで唐突に終わったようだ。
「エリさん」
「ん?」
「キス、してあげようか?」
「え?」
「ふふ」
タナさんは俺に顔を近付けて、ニッと笑いかける。甘い香りがふわりと漂ってくる。頭がクラクラするくらいに柔らかくて魅力的な香りだった。
「タナさん、ストップ。やめとこうぜ?」
「なんでさ」
「そこで盛り上がっても、やること、やれないだろ」
なんとなく適当な理由をでっち上げてみてから、それが案外真実だったとも思ったりする。それを聞いたタナさんはクックックと喉を鳴らして笑い、俺の背中を何度かペシペシと叩いた。
「キスだけで盛り上がるとか、十代じゃあるまいし」
「わかんないよ? 俺だって案外現役かもよ?」
「ま、どうだっていいさね」
タナさんはそう言って、俺の背中にキスをした。
「ふふ」
「ん?」
「魔女の印。つけさせてもらったよ」
「魔女の印?」
なんだか物騒な言葉を聞いた気がする。そんな俺の腰を揉みながら、タナさんが答える。
「そ。これであんたはアタシから逃げられないんだ」
「魔女は引退したんじゃ?」
「引退したよ」
「だったら……」
「引退しようがなんだろうが、魔女の力はついてまわるのさ。使うか、使わないか。それだけの話。今のアタシは魔法の誘惑に勝てなかった。それだけの話さね」
「うーんと、魔女の印ってのはどんな効果があるんだい?」
「言っただろ。どこに逃げたって、逃げ切れないってことさ」
「俺がタナさんから逃げる? ないない」
俺はタナさんの絶品のマッサージを受けながら軽く答えた。こんな技を持つ女性を手放すバカがいるだろうか、いや、いない。それにこれは思い込みだけでなければいいと思うが、俺たちは気が合う。息も合う。――時々その舌鋒が心臓を抉ってきたりもするけど、基本的には。
「タナさーん」
「なんだい、気持ち悪いね」
こういうのが刺さる。けど、なんか嫌いじゃない。
「気持ちよすぎる」
「やらしいことしてるみたいな事を言うんじゃない。娘たちが寝てるんだよ」
「やらしいことしてないから良いじゃないか」
「まぁ、そうさね。シュールな光景さね」
「だろ」
俺はそう言いながら、さっきのタナさんの言葉を考える。
「なぁ、タナさん。魔女の印ってさ」
「好きだからだよ」
「へ?」
「あんたが好きだから。アタシは離れたくないと思ったのさ」
「俺はタナさんから離れてやる気はないけど」
「そうなのかい?」
「そうさ」
特に理由もないし。このままずっと駄弁っていられれば良いなとも思う。
「ははは、いいねぇ。ありがたいねぇ」
「タナさんさ」
「うん?」
「俺が好きなのは本当かい?」
「正直言うと……よくわからないのさ」
「わからない?」
「アタシには、人を愛するという思いがわからないのさ。今抱いているこの気持ちがそうなのか、アタシには証明する術がない」
「でも、俺とは一緒にいたいと」
「ああ、そうさ。ウェラやリヴィともね」
「ふぅん」
俺はそう答えてしばらく無言になった。タナさんは黙々とマッサージを続けていく。
「それってさ。それが愛かどうかはともかくとしてさ、好きって思ってるのなら、それでいいんじゃないか? タナさん、ずっと一人だったんだろ?」
「そう、だね」
タナさんの少し寂しげな声。背中側にいるので顔は見えない。
その時、ベッドが小さく軋んだ。




