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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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01-02. 隠居剣士と元魔女の旅の始まり


 俺の登場に言葉を失っていた男たちだが、数秒を経て気を取り直す。


「なんだおめぇは!」

「よそもんは引っ込んでろ!」

「うちの町の問題だ!」


 要約するとこんなことを言われている俺。だが、誰も俺の目を見ない。棍棒やら短剣やらを持っている男たちも、明らかに腰が引けている。実戦経験がまったくないのではないだろうか。昨今珍しい話でもない。


「お前らが何人の魔女を狩ったのかは訊かない」


 訊いても胸糞悪くなるだけだからだ。


「だが、お前らの言い分を借りれば、神の加護があれば死なないってことで良いんだな?」


 剣は抜かない。いろいろと面倒だからだ。


「かっ、神を、()()を愚弄するのか、てめぇ!」

「教会、ねぇ」


 俺は空中に大きく息を吐き出した。(よど)んだ空気が不快だった。男たちはなおも俺にナイフを見せつけながら一歩踏み出してくる。


「おっさんよぉ、この数相手に一人で喧嘩できると思ってんのかよ!」


 うーん。どうだろう。この程度の相手なら、二十年前なら何人いたって余裕だったろう。……だがなぁ。


「勝つか負けるか、という話になるなら、俺も剣を抜くぞ?」


 俺は剣の柄を握る。男たちが明らかにたじろぐ。


「五人は死ぬと思うが、その五人には誰がなる?」


 たいていコレでなんとかなる。存外ハッタリでもない。だが正直に言うと、あんまりやりたくない。人道的な理由……ではない。俺の身体的な理由だ。かつての俺は敵対する者は全て切り捨ててきた。いまさらそんなことへの躊躇(ためら)いはない。


 しかし俺のこの言葉は、男たちを(ひる)ませるのには十分だった。男たちに押されて、リーダー格の男が前に出てくる。


「なんだよ、一騎打ちかよ」


 俺は剣を杖にしたまま肩を竦める。そして、鞘尻で床をドンと突いた。男たちは一斉に肩をビクつかせ、ジリジリと下がっていく。その中でリーダーだけは踏みとどまっていたのだから、まぁ、褒めてつかわす。


「くっ、くそ! 魔女の手先め! 無事でいられると思うな!」


 リーダーがナイフを手に突っ込んできた。身体の軸もぶれていれば、切っ先も定まらない。俺には男の行動が完全に読めている。だが、俺の身体はそう簡単に動いてはくれない。


 ――一撃が限界だ。


 思った以上にアレがアレで、長剣がいつもの三倍は重たいような……。硬いステーキに体力を削られたか。顎も疲れてるし。


 俺は剣を抜かずに、鞘の先でリーダーの右膝の皿の上を正確に突いた。自分の突進と俺のささやかな突きを食らった男は変な声を上げて前転を三回くらいして壁に激突して止まった。その間、男のナイフはなぜか後方に飛んでいって、女の足元に落下した。女は「ニッ」と笑うとつま先でナイフを蹴り上げ、キャッチしてから三度ほどくるくると回した。


「そらそらぁ。神の加護とやらはどっちにあるのかねぇ」

「おい、魔女。挑発すんな」

「魔女は引退したっつってんだろ」


 俺の言葉に律儀に応じ、女はナイフを見事な手付きで弄ぶ。タダモノではない感がすごい。彼女の男たちを見る視線は、比喩ではなくどこか超然としているように見えた。彼女が敵だったら、俺は最大限の警戒を余儀なくされたことだろう。


「魔女だろうが元魔女だろうがどっちでも良いんだが」

「良かぁないだろ、剣士さん」

「その話は後でもいいか、魔女」

「引退したっつってんだろ!」


 ……とりあえず、怒らせちゃダメなタイプだということは十分わかった。


 そんなやり取りをしているうちに、男たちは姿を消していた。まさに「ほうほうのてい」である。彼女は入口の方を見ていた俺の目の前までやってきて、「ふぅん」と俺を見上げた。


「気に入ったよ、剣士さん」

「剣士は引退した」

「ははは!」


 女は軽快に笑う。豪快な笑顔がいっそ清々しい。


「その年でご隠居かい」

「もう十分だからな。うまい飯と寝心地の良いベッド、あとは温泉さえあれば生きていける」

「なるほどねぇ」


 女は少し悩ましい目をした。黒褐色の瞳が俺をまっすぐに見ている。


「アタシはスリールヴァルタナ・ヒュキュラヒノフス。どうせ覚えられないだろうから、タナさんでいいよ」

「俺は……って名乗らなくても良くね?」

「なんだい、女に名乗らせといて自分は名乗らないつもりかい」

「勝手に名乗ったんだろ?」

「どうせあんたもアタシもこの町を追われるんだよ。一緒に逃避行するハメになっちまったんだよ」


 ……うーん。別に一緒に行かなくても良い気はするのだけどなぁ。一人の方が何かと気楽だし?


 いや、それ以上に、もう温泉に入れないことのショックの方が大きい。苦労してこんなド辺境くんだりまでやってきたのに。


「温泉が名残惜しいって顔してるねぇ?」

「そりゃそうだ。そのために来たんだ」

「ふぅん」


 女――タナさんは顎に手をやった。その仕草に少しドキッとした。


「あんたさぁ」


 タナさんは俺の耳元に口を寄せた。


「腰、悪いだろ?」

「そそそそ、そんなことはない、ぞ?」

「さっきので精一杯だったんだろう?」

「ななな、なんの話だ? 腰なんてほら、ぜんぜ――」

「今なら!」


 タナさんは右手の人差し指を立てた。


「マッサージ付きさね! 自信はあるよ」

「よし、乗った」


 文字通りの二つ返事が、俺の思考に先んじて口から出た。


 マッサージなんて何年ぶりだろうか!? ――俺の期待は否応なしに高まっていく。


 そうと決まったら、早速この町を出よう。夜も良い時間ではあるが、そこは仕方ない。ここで寝るのは寝込みを襲ってくれと言ってるようなものだからだ。


「良い判断さね」

「それはそうと、俺はエリソン。詳しいことは移動しながらだ」

「了解だよ、エリさん」

「エリソン」

「エリさんでいいだろ?」


 うーん……。エリさん……。微妙。


 だが、そんなことでタナさんの機嫌を損ねるのは悪手だ。


「エリさんタナさん二人旅の始まりさねぇ」


 タナさんは鼻歌を歌いながら、俺の腰に手を回してきた。あ、楽――。


「さ、善は急げさ。お互い部屋に帰って荷物をまとめようじゃないさ」

「はいはい」


 俺はタナさんに(こっそり)支えられつつ、自分の部屋まで戻ったのだった。


 あー、腰が痛ぇ……。まったく、無茶させやがって。


 この時の俺はまだ、この出会いがとんでもない事件に結び付いていくということを知らなかった――。


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