03-05. 父子
リヴィの問い。その場の全員がしばし固まった。
俺は杖にした剣を持ち直しながら、首を振る。
「……ダメだ」
「なんでや! こいつ、おかんの仇なんやで!」
「お前まで地獄に落ちる必要はない」
俺は極力穏やかに言った。リヴィの目はますます輝き、そして騎士たちは近付いてくる。
「親父!」
ガナートが怒鳴った。
「この子に詫びろ! 家督は譲れないでも、一言詫びるくらいはできるだろう!」
「何を。その小娘が何者かは知らぬが、儂が頭を下げる相手は国王ただ一人!」
「ふざけんな、この野郎!」
俺は怒鳴った。さもなくばリヴィが暴走しそうだったからだ。やはり、この子に人殺しはさせたくない――俺は強く思った。
「この子は、お前に母親を殺された竜族の末裔だ」
「はっ、あの女の娘か。ならば化け物と――」
「親父!」
ガナートが手にした長剣を投げた。それは豪快に回転しながら飛んでいき、キースの脇をかすめて飛んでいった。キースはその表情を一変させ、「信じられない」という様子でガナートを見ていた。
「詫びろ、親父。人として、最低限のことをしてくれ」
「……死んでも詫びぬ。儂は間違えぬ」
「せやな」
リヴィが迫ってきた騎士を素手で殴り倒した。腹部を殴られた騎士は文字通り昏倒していた。左手一本で鍛え抜かれた騎士を倒す少女――恐ろしい。
「パパ、ママ。ウチな、初めて本気で人を殺したいと思ってんねん。間違えとるやろか?」
「いいや」
俺は言う。タナさんも「間違えちゃいないよ」と同意する。
「だけどな、リヴィ。お前が人を殺すのには、俺は反対だ」
「……殺さないなら、暴れてもええの?」
「好きにしろ」
「おおきに」
リヴィは剣を鞘に戻し、そしてそのまま上段に構えた。
そこからはリヴィの一人舞台だった。ガナートを押しのけて前に出たリヴィは、瞬く間に騎士たちを全員昏倒させてしまった。剣の鞘で殴り倒したのだ。酷い骨折をした者もいるだろう。だが、命に別状はあるまい。
「強いな」
ガナートが息を吐く。たったの一人で合計……八人の騎士を戦闘不能に追い込んだ。
「リヴィ、そこまでだよ」
キースの枕元に辿り着いたリヴィに向けて、タナさんが手を叩いた。リヴィはピタリと動きを止める。
「身動きできない爺さんを痛めつけても、後味が悪いだけさ」
「せやかて、こいつはおかんの仇や!」
「同じ苦しみを味あわせてやるって?」
「せや」
「やめときな」
タナさんはそう言うと、ガナートを従えてキースとリヴィのそばまで移動した。俺は、今は立っているのがやっとだ。ウェラがいてくれてよかった。
「リヴィ、あんたの言いたいことはわかるさ。だけどね、地獄は連鎖させちゃいけないんだよ」
「それがこんなクソ野郎でも?」
「そうさ。どんなクソ野郎相手でもさ。他人に与えた痛みはね、必ず自分に返ってくるのさ。その正義の、義侠の刃を突き立てたのがどんな悪人相手であったとしても、必ず自分にも戻ってくる。人を呪わば穴二つ――よく言ったものさ」
「でも、ウチは……」
「被害者に目を瞑れとは言わないさ。痛みを我慢しろとは言わないさ。だけどね、考えてもごらん。リヴィ、あんたの心は今ズタズタなんだ。他人を傷つけて、その呪いが返ってきて、ますます傷つく。そんなのバカバカしいとは思わないかい?」
「せやかて、それじゃ……おかんが浮かばれん」
「あんたまで沈んでどうするのっていう話さね」
タナさんの言葉に、リヴィは息を飲んだ。
「あんたの傷は、アタシたちが癒やしてやるさ。そして、あんたの呪いは、アタシたちが引き受けてやるさね」
「それは……だめや。ウチのこの、この……」
「醜い気持ち、かい?」
「そや。それや。そんなものをパパとママに――」
「馬鹿な子だね。あんたのパパとママだろ、アタシたちは」
「いや、パパとママは、せやかて……」
リヴィは泣きそうな表情を見せている。俺は腰を気遣いながら前に出る。
「本物だのそうじゃないだの、そういう話じゃない。リヴィも言ってただろ、縁って。それだよ。それに俺もタナさんも、その手の覚悟はとっくにできている。醜いことは俺たち大人に任せておくんだ」
「ウチかて大人や!」
「そういうところが子どもなんだ」
俺が言うと、リヴィは黙り込んだ。キースは置いてきぼりである。ガナートがゆっくりとキースに近付いていく。
「俺を忘れるなよ、お前ら。身内の不始末を赤の他人に背負わせるわけにはいかない。まして子どもにはな」
「ガ、ガナート、おまえ、何を……」
「おとなしく隠居するならばよし。さもなくば」
「儂を殺したらどうなるか、知らぬではないだろう」
「だとしても、だ。俺だって騎士の端くれ。プライドだってある」
「親殺しの汚名を背負って――」
「その程度の覚悟ならとっくにできている!」
ガナートの声が雷鳴のように響いた。リヴィの目が丸くなっている。タナさんは「ほぅ?」と声を出している。
「親父、これ以上の恥を晒すな」
ガナートは昏倒した騎士が落とした剣を拾い上げて、振りかぶった。
「や、やめろ!」
「誓え!」
ガナートの剣が、キースの額の直前でピタリと止められる。
「今すぐ政治の世界から身を引くと誓え! 全てを俺に委ねると、誓え!」
「しかし――」
「今すぐ!」
「わ、わかった……。ベラルドの当主の座をお前に譲る……」
キースも死にたくはなかったらしい。生き汚いと言うのは簡単だが、それは俺に言えたことじゃないな。
「というわけだが、リヴィ」
俺はキースの移動式ベッドに手をかけられる所までやって来た。
「大人の争いは醜いだろ? お前まで染まる必要はないさ」
「せやな……」
リヴィはおとなしく頷いた。
「せやけど、ウチは、一言でええ。おかんに詫び入れて欲しいんや」
「リヴィ」
震えるリヴィの肩に、タナさんが手を置いた。
「それはね、こいつには無理な話さ。たとえこいつが頭を下げたって、そんなものを受け取ることはできないと思うよ、リヴィ、あんたには」
「でもな、ママ!」
「お聞き、リヴィ。たとえこいつが頭を下げたって、あんたのお母さんは帰っては来ないのさ。それにこいつが頭を下げたとするよ? そしたらこいつは許されちまうのさ。いいのかい、それで。あんたは納得できないかもしれないけど、それでこいつは許されちまう。一生背負うべきものを下ろす理由を与えちまう。いいのかい?」
「それは……イヤや」
「だからここは、放っておこうじゃないか。この醜い親子争いがお芝居じゃないことは、あんたにもわかったはずだよ」
タナさんの凛とした声が鋭く響く。俺はもう何も言う必要は無いなと思った。タナさんは俺を見て緩やかに微笑んだ。
「さ、これで一件落着。ガナートが安泰なうちはまぁ、上手くやってくれるはずさ」
「だな」
俺は短く同意して、ガナートの肩に手を置いた。ガナートは無言で頷き、剣を床に放り投げた。キースは呆然とした表情のまま動かない。おそらく情報の整理が追いついてないのだ。面倒なので放っておこう。ガナートがなんとかするだろう。
「さて、と。アタシたちの休める場所を提供してもらおうかねぇ?」
「もちろんだ」
ガナートはそう言うと、ようやく異変に気付いてやって来た自分の部下たちに、俺たちを案内するようにと指示を出した。




