03-04. 激情抑止
キースの顔を「はん!」と睨みつけながら、タナさんが鋭い声で言った。
「そういうのをね、おためごかしって言うのさ。誰それのため、なんかの目的のため。それを自分のため、自分のエゴを満たすためとは言えない臆病者の所業さね!」
「誰に向かってそれを言うか!」
キースと騎士たちが殺気立つ。だが、タナさんは悠然とした態度を変えようとしない。むしろ、タナさんよりもリヴィの方が危険だった。今すぐにでも抜剣しそうなほど、右手が震えている。その手をさりげなく支えているのがタナさんの左手だ。
「今は抑えな、リヴィ」
「せやけど……」
リヴィの声が震えている。
「親父――」
「キース・ベラルド」
前に出ようとしたガナートを目で制し、俺はキースに向き直った。
「あんたが誰だろうが関係ねぇよ。俺はあんたに、人間として恥ずかしくないのかっていう話をしている」
「人間である以前に、儂は貴族だ。名誉あるベラルド家の当主。領民たちの安寧をこそ優先にする立場だ! 些末な犠牲の話など、するに値せぬ!」
「話が通じないな、爺さん」
俺は首を振った。
「薄汚れた流浪の剣士風情が――」
「剣士風情で申し訳ないが、俺は相手が誰だろうと対等だと思っている。俺が喋ってる相手は経歴やら爵位じゃない。人間と喋っているつもりでいるからだ」
「烏滸がましいわ!」
「声がでけぇよ、さっきから」
俺は首を振った。このような些末な動作ですら、今の俺の腰にはよく響く。
「良いことを教えてやろう、爺さん。今、あんたの命は風前の灯火だ」
「なんだと!」
キースの護衛の騎士たちが剣に手をかける。俺はリヴィに視線を送って、暴走しそうになっている彼女を抑える。リヴィは唇を噛みながら、小さく頷き返してきた。よし、いい子だ。
「キース、お前を殺すのはわけもない。騎士たちがいくらいたって、この狭い空間では戦力にはならない」
「なんだと……」
キースは俺を凝視する。だが、見るべきは俺じゃない、リヴィだぞ――と心の中で思っておく。
「死にたくなければ、ガナートのこの魔女狩り禁止令を領土全域に、今すぐ発令させろ」
「ふん、そんなものが役に立つものか!」
「役に立たせるのが領主だろうが!」
俺はキースの怒声に怒声を被せる。
「お前もかつて妻のために竜族をさらい、拷問し、不老長寿の秘密を探ろうとしただろう。結果として失ったようだが。その時の喪失感を、お前は今まさに人々に与えている」
「豚どもと一緒にするな! 儂は奴らとは違う!」
「豚だと?」
俺はキースを睨む。
「竜族の女を拷問して殺したことは覚えているんだな?」
「それが何だ。人間族ですらない化け物に慈悲をかける必要はなかろう!」
あ、そうですか――それが俺の正直な感想だった。俺はブルブルと全身を震わせているリヴィに向けて頷いた。
「よく我慢したな、リヴィ」
「おおきに」
リヴィの口調は平坦だった。タナさんを押しのけるようにして前に出て、そして無言で抜剣した。騎士たちも慌てて剣を抜く。
「俺はな、この子に人殺しをさせたくなくて、お前を説得していたつもりだ。だが、残念だな。お前は今、言ってはならないことを言っちまった」
人間族ですらない化け物――。
俺の臓物さえ煮えくり返りそうだったのだから、リヴィの怒りはいかばかりか。タナさんを見ると、タナさんも頷いてくれた。よかった、俺は間違えていない。
「ウェラ、ここでも精霊は使えるか?」
「うん」
「使うなよ」
「……わかった」
ウェラなりに何か悟ってくれたのだろう。ウェラは頷くと取り出しかけたカードをしまった。
リヴィと騎士たちが睨み合っている。俺の合図があれば、リヴィは途端に狂戦士と化すだろう。リヴィは待っているのだ。俺が「殺せ」と言うのを。それで良い。罪は俺が被ってやる。
「キース・ベラルド。最後のチャンスだ」
「待ってくれ」
そこで意外な人物が前に出てきて、リヴィの隣に並んだ。ガナートだ。
「待たれへんで」
「一言だけ、機会をくれ」
「……好きにせぇ」
リヴィは剣をゆっくりと八相に構える。次の一瞬には、騎士の何人かが死ぬ。
「親父。俺は、あんたを殺すつもりでいる」
「な、なんだと……!?」
思わぬ言葉に、キースのみならず、俺たちまで硬直した。
「今すぐ俺に全権を譲れ」
「ガナート、お前程度のひよっこが!」
「俺がひよっこならあんたは耄碌ジジイだ!」
ガナートは一番近くにいた騎士をいきなり殴り倒すと、その剣を奪った。強いじゃないか、ガナート。
「あんたの時代は終わった。後は俺に任せておとなしく隠居しているといい」
「そんな勝手が許されるか!」
「もう忘れたのか。俺は、あんたを殺すつもりでいる」
「できるものか!」
「選べ、親父。死んで家督を譲るか、生きて家督を譲るか!」
「ならん! ええい、お前たち、こいつらを血祭にあげろ!」
騎士たちが一斉に距離を詰めてくる。
「パパ、精霊さんに来てもらわないと危なくない?」
「大丈夫さ」
俺はウェラを振り返り、その頭を撫でてやった。そしてリヴィに向き直る。
「リヴィ」
「皆殺しにして、ええんか?」
リヴィの青い瞳が物騒に輝いている。そこには明確な殺意があった。誰かがごくりと喉を鳴らした。




