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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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03-03. 仇

 俺たちは夜中に差し掛かる頃になって、ようやくベラルド子爵の邸宅――というより城――に到着した。その巨大で豪奢な建物が、ベラルド子爵の権勢を物語っている。王から辺境を任される領主というのは、必然その権力が増すようにできている。国境紛争の際には最先鋒となるわけだから、王都の政治屋としても平時から彼らの富には気を使わなければならないのだ。


 辺境が病んでいれば王国は侵略される。辺境が富すぎていては、王国に反旗を翻される。だから、王都は辺境の領主たちには可能な限り最大限の支援を行うようになっている。ベラルド子爵、ヤオ辺境伯、ルドヴィカ女男爵あたりはその中でも突出した財力を誇っていたはずだ。だから、中途半端な内地よりも、辺境の方がずっと豊かな暮らしができたりもするのだ。であるからこそ、流通が機能するとも言える。


「さて、と」


 俺はタナさんとリヴィに手を貸してもらって、最後に馬車を降りる。ガナートは「俺はこんなヤツに負けたのか」みたいな顔をして俺を見ている――表情がうるせぇよ。


 俺たちはガナートとその騎士たちに前後を挟まれるような形でガナートの執務室へと移動する。他のさらわれてきた女たちは、来客用の部屋に案内されていった。これはこれで大丈夫だろう。騎士たちにも召使いたちにも、彼女らを害する様子は見られなかったからだ。


 ガナートは俺たち四人を執務室に招き入れる。騎士の一人が護衛につこうとしたが、ガナートはやんわりとそれを拒否した。彼なりの誠意の表れということだろう。


「魔女狩り禁止令――これでいいか」


 ガナートは机の中から少し古ぼけた羊皮紙を引っ張り出した。右下に書かれた「ガナート・ベラルド」のサインのインクだけが真新しかった。


「あんた、最初から用意していたのかい」


 タナさんがそれを検分しながら首を振る。


「しかもこれ、相当昔のものじゃないか」

「……書いたのは五年前だ」


 ガナートは立ち上がって、俺たちに背を向ける。彼が見ている窓には、巨大な透明ガラスが(はま)っていた。このサイズのガラスは、王都でしか見たことがない。というより、作れる職人が王国全体でも数人しかいないはずだ。

 

「五年前って言うとあの疫病の時か」

「そうだ」


 ガナートの妻子が亡くなった疫病――その時に「魔女狩り禁止令」を書いていたというのか。俺はそのあたりの経緯をタナさんに簡単に説明する。


「……あんた、自分を(いまし)めるためにコレを書いておいたのかい」

「今となって何を言っても言い訳にしかならない」


 ガナートは首を振る。


「妻と娘が死んだ夜に書いた。気が狂いそうだった俺を、あいつが止めてくれたのかもしれない。が、結局、このザマだ」

「あんたは立派さね」


 タナさんが言った。リヴィはやや不満そうな顔をしていたが、異論は挟まない。ウェラは……眠たそうだ。


「今回の件はともかくとしても、あんたはあんたに囁いた悪魔に一度は勝った」

「だが、俺は――」

「確かに今回、一度負けたね」


 タナさんは言いながら、リヴィとウェラを両手で撫でた。


「だけど、今、あんたはまた勝った。もう負けやしない、だろ?」

「そう願いたいところだが――」


 ガナートが苦い表情を見せた。


 その時だ。


 執務室のドアがノックもなしに開けられ、騎士たちがなだれ込んできた。この数日行動を共にした騎士の姿はない。部屋の温度が一段階下がったような気がした。


「親父……!」


 ガナートが呻く。騎士たちを押しのけるようにして現れたのが、巨大なベッドだった。車輪がついているのか、移動できるようになっている。その中央には厳つい顔つきの老人が座っている。ベッドから起きられないにしても、ピンと伸びた背筋、鋼のような表情――癪ではあるが、貴族としてのプライドを感じさせる男だった。


「キース・ベラルド……」


 俺の声に反応して、男――キースは俺を睨んだ。若造なら(すく)んでしまうかもしれないが、あいにく俺には通用しない。ウェラは俺の後ろに隠れてしまったが、リヴィは今にも切りかかりそうだ。物々しい武装の騎士たちがいなければ案外実行していたかもしれない。タナさんはというと、悠然と腕を組んでいる。なお、あの魔女狩り禁止令の羊皮紙はタナさんの手にある。


「ガナート! 魔女狩り禁止など、認めぬぞ!」


 老人とは思えない大音声(だいおんじょう)。執務室の中に雷鳴のように轟くその声は、かつて武人として勇名を馳せた頃と変わっていないのだろう。


「親父、このご時世、俺も魔女狩りは必要だと思った。しかし――」

「ぐだぐだとした言い訳などどうでも良いわ!」


 いつまで怒鳴り続けられるんだ、この爺さん。俺の関心はそっちに移る。


「親父、俺たちは間違っている」

「儂は間違えぬ。お前がそこの連中に(たぶら)かされたに過ぎん! それにお前、そこの男に一騎打ちで敗れたというではないか! 軟弱者が!」


 俺は左手で頬を引っ掻いた。右手は剣の柄にある。抜こうというわけではない。二足直立が厳しいだけだ。だが、それをキースに悟られるととても面倒くさくなるので、グッとこらえておく。


「魔女狩りは続ける。異端審問官は百人の容疑者を求めている。彼らの言葉に歯向かったら、どうなるかはわかっているだろうが!」


 百人の容疑者?


 俺はガナートに視線を向けた。ガナートは唇を噛んでいた。


「はん、そういうことかい」


 タナさんが吐き捨てた。


「つまりだ、魔女狩りだの裁判だのはどうでも良くて、単に異端審問官への慰み者のご提供ということかい、えぇ?」

「裁判は公平に行われる……わけがない」


 ガナートが呻いた。この男の停止していた思考が、俺たちとの出会いを経て動き始めたのかもしれない。タナさんは頷いて俺に顔を向ける。


「魔女であることは()()()()()()証明されるのさ」

「つまり、自白せざるを得ない状態に――」

「早く苦しみと屈辱から解放されるために、自分は魔女ですと言っちまうのさ」


 俺はキースに視線を移す。キースと俺の視線がぶつかる。


「そんな異端審問裁判とやらのために、お前は領民を百人も犠牲にするというのか、キース・ベラルド」

「たかだか百人がどうだというのだ。些細な犠牲ではないか!」

「ふざけるな!」


 俺は思わず鞘尻で床を突いた。大理石の床が(えぐ)れたのがわかった。そして俺の腰は大ダメージを受けた。完全に自爆である。だが、ここまでしたからには俺も引き下がれない。


「竜族を拷問したり、魔女狩りという名の悪魔の所業をしたり。あまつさえ、()()()()()()()、だと? お前にとっては何万という領民の中の何十人、何百人かもしれない。だがな、彼女たちにしてみればそれは全てなんだぞ。そして母や妻、娘を失った者たちの悲しみがいかばかりか、想像すらできないのか!」

「下民の思いなど想像してやる必要はない!」


 キースが怒鳴り返してくる。俺の後ろではウェラが震えているが、さり気なく俺の体重を支えてくれているのが伝わってきた。めちゃくちゃありがたい。


「領土安寧のためならば、たかだか数十人数百人がなんだというのだ! 儂は何十万という領民を護るためならば、些細な犠牲は(いと)わぬ」


 キースは胸さえ張って、そう言ってのけた。


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