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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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03-02. リヴィの剣

 それからしばらく、リヴィはガナートを睨みつけていた。ガナートは目を伏せ、奥歯を噛みしめているようだった。


 さらに数呼吸の間を置いて、リヴィは痺れを切らしたように身を乗り出した。


他人(ひと)様に胸張って言えんことはしちゃあかんって、習わなかったん? 人を苦しめたり殺したりしちゃあかんよって、誰にも教わらなかったん?」

「俺は……何もできなかった」

「しなかったのさ」


 タナさんが鋭く言った。


「あんたは何もできなかったわけじゃないさね。しなかっただけさ。たとえあんたがね、ガナート。あんたが、そのことに疑義を持っていたのだとしてもね、それを行動に移せなかったら何の意味もないのさ。できなかったってのは、何かをした結果失敗した時にだけ使える言葉さ。覚えておきな」

「できなかったんだ」


 珍しくガナートが反発した。俺は思わずその特徴のない顔を見る。


「俺は……確かに魔女狩りはした。だから、今さら何も弁解しようとは思わないし、どう解釈されようが構わないが、俺は竜族を怒らせるなという点で、親父には反対した」

「ほう?」


 俺たちの声が揃う。ガナートの(いさぎよ)さが、少し羨ましくもなった。「それに」とガナートはポツリと言った。


「……彼女は、死んだ妻に似ていた。だから、彼女が屋敷に連れてこられた時には、我が目を疑った」

「そんなに似てたのか」

「生き写しという言葉があるだろう。まさにそれだ。だから俺は……」

「助けたくなった、と」


 それが本音か。だが、正義だ悪だと言われるよりも、その方がよほど腑に落ちる。


「そうだ。だが、親父は(かたく)なだった。連日連夜、拷問は続いた。竜族だけに、簡単には死なせてもらえなかった――そう表現するのが、多分正確なんだろう」


 ガナートはリヴィを見ていた。こうしてみると、ガナートは案外悪いヤツではないのかもしれない。初対面の印象は最悪だったが、今はそんなでもない。


「だが、俺には何もできなかった。親父の命令を覆す力がなかった」

「力づくでさらうとかできひんかったん?」


 リヴィの声が震えている。ガナートは拳を握りしめていた。


「できなかった。俺は、結局跡取りとしての安定を選んだ。妻はもう死んだ、そう言い聞かせて、目を瞑った」

「最低やな」

「ああ、そうだな」


 ガナートは首を振る。


「その剣。やるよ」

「え、唐突過ぎてびっくりしたけど、ええの?」

「罪滅ぼしには足りない。手付金だ」


 ガナートは静かに言う。


「俺も良い年だ。剣をペンに持ち替える時期が来たんだろう」

「それでいいのか、ガナート」


 俺は()いた。俺も確かにさっきはあんなことを言ったが、騎士にとって剣は魂だ。愛用のそれを、ホイホイと他人にくれてやるものではない。


「いいのさ。俺には騎士たちがいる。護ってもらえるように精進するさ」

「へぇ」


 タナさんが口を開く。


「あんた、憑き物が落ちた顔になったねぇ。この三年間、ずっと後悔してたんだろう?」

「かもしれない。俺の妻子を失ったときから、俺はずっと失い続けているのかもしれない。だから……その、すまない」


 ガナートは曖昧に肯定する。タナさんは頷いてリヴィを見た。リヴィは「しゃーないなー」と腕を組み、目を閉じた。


「おっさんの言いたいことは理解した。せやけど、やっぱりウチには……おかんを殺したヤツを許すことはできひん。領主には会わせてもらうで」

「会ったら、どうするの?」


 幾分不安そうに尋ねるウェラ。リヴィはひとつ深呼吸をした。


「ひとこと詫びてもらえれば……それでええ。ウチの十六歳の誕生日プレゼントや」

「じゅうろくさい!?」


 ウェラが大きな声を出す。


「なんや、びっくりするやないか! せや、ウチ、今日で十六歳やで!」

「じゃあ、ウェラのことはおねーちゃんって呼んでいいよ!」

「なななんでや! ウェラはまだ幼女やないか!」

「幼女って言うなぁ! ウェラはね、じゅうはっさい! なんだぞ!」

「嘘や。こないな幼女がウチより年上なんて信じられへんわ」


 ほのぼのとした姉妹喧嘩が始まった。途中でタナさんがウェラに加勢したことで勝負はあっという間に決してしまったわけだが。


「ハーフエルフ、恐るべしやな。精霊使いとしての実力も相当やろ? ウチが戦ってるときに立てた壁みたいなの、何発も攻撃あたってたのが見えたんやけど、一発も通らんかったやろ?」

「うん。ウェラのおともだちはみんな強いからね!」

「ええなぁ、うちもああいうの使えたらなぁ」

「リヴィには魔法なんていらないさ」


 俺はガナートを見た。


「だろ、ガナート」

「確かに。少し訓練すればもっと強くなるだろう」

「ほんま? ほんまにウチ。もっと強ぅなれるん?」


 リヴィの目が文字通り輝く。俺は頷いた。


「今のリヴィはまだまだ石ころみたいなもんだ。ただし、ダイヤの原石だ」

「まじかー! せやかて、どないにしたらウチ、ダイヤになれるやろ?」


 リヴィは傍らの剣にそっと触れた。


「リヴィ、あんたね」


 タナさんが言う。


「どうして強くなりたいんだい?」

「パパとママとウェラがどこに行くかはまだ聞いてへんけど、長い旅をするんやろ?」

「そうさねぇ、そうなるかねぇ」

「で、パパは()()()やろ?」


 ぐっ……。


「せやから、うちも一緒に行きたい。こういう出会いは()やから、大事にせぇって、おかんがいつも言ってたんや」

「そうだねぇ、()だねぇ」


 タナさんは噛み締めるように言った。


「ウチが強くなったらな、パパもママも護れるやろ?」

「えー、ウェラは護ってくれないの?」

「あんたは自分で自分の身くらい護れるやないか」

「あんたやない、おねーちゃんや」

「……訛っとるで、ウェラ」

「そないなことあらへ……あれ?」


 ウェラは「んー」と難しい顔をした。


「うちの訛りは伝染するってよう言われる。よかったなぁ、おねーちゃん」

「そないなことあれへ……じゃない。そんなことないんやから……って、あれ? あれ?」


 混乱するウェラを見て、俺たちは笑った。ガナートも声こそ出さなかったが笑いを噛み締めていた。


「ガナート様、まもなく到着します」


 その時、御者の男が振り向いてそう告げた。


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