02-09. 正義は絶対じゃない
俺は息を吐きつつ、頭を振った。
「残念ながら、俺はただの旅の剣士だよ」
しかしガナートはなおも言い募る。
「お前の言葉は王都のものだ。訛りがなさすぎる」
「親が言葉にはうるさくてね」
俺は適当に流すことにする。
「確かに王都で教育は受けた。だからじゃないのか」
「それは、いつまでだ」
「答える義理はない」
俺は舌打ちしそうになるのを堪える。
「なんにしても昔の話だ。お前が知って楽しいことなんてない」
「俺は……」
ガナートは干し芋をかじりつつ言った。
「俺は剣には自信があった。だが、その俺を一瞬で倒した。あれは実戦を数多くこなした騎士の技だ」
「才能だよ。実戦経験は確かにある。が、俺の年なら珍しくもない」
「そうかな」
ガナートは眉根を寄せる。タナさんが立ち上がる。
「エリさんの過去を詮索するのはおよし、ガナート。アタシらの過去をあんたに話したって、いいことなんて起きやしないだろう?」
「……それはそうだが」
ガナートは首を振る。タナさんが「そんなことより」と話題をぶった切る。
「ガナート、あんたはなんでこんな大規模な魔女狩りなんかを。ベラルドの領地はカルヴィン伯爵領からはずいぶん離れているじゃないさ」
「魔女は疫病や飢饉をもたらす。災いの根源だ」
ガナートの言葉に迷いはない。
「魔女がいるところに災いが生まれる。であるならば、領地安寧のためには、魔女を排除しなくてはならない」
「どういう基準で魔女と判断しているのさ」
「怪しい者はすべてだ。異端審問官に引き渡せば、後は彼らが判断を下す」
「はん」
タナさんは鼻で笑う。
「結局、そういうことかい。異端審問官がそんなに偉いのかねぇ?」
「異端審問官は、王都から派遣されてきた最上級の役人だ」
そこで俺はガナートの言葉の意味を悟る。
「つまり、その威光には逆らえないと?」
「そういうことだ。だが、魔女は排斥しなければならないとは思っている」
「バカバカしいねぇ」
タナさんが薄く笑う。
「魔女がいるから災いが訪れるわけじゃない。災いがあるから、魔女が生まれるのさ。魔女狩りもその一つ――」
「タナさん、その論理だと、魔女狩りをすればするほど、本物の魔女が生まれるってことになるんじゃ?」
「そうさ」
タナさんはあっさりと肯定した。
「闇は闇を呼ぶ。そういうふうにできているのさ。だから、ガナート。あんたがしているのは、自分の領内にとっても、決して良いことじゃないのさ」
「魔女を皆殺しにすればいい話じゃないか」
ガナートはやや感情的になってタナさんを振り返る。俺ならタナさんに意見なんてできないけどな。ガナートって、実は肝が据わった男なのかもしれない。
「魔女を皆殺し……あんた、本気で出来ると信じているのかい? というより、そもそも、本物の魔女に人間ごときが対抗できるとでも思っているのかい?」
「だからこそ、本物の魔女になる前に始末しなければならない」
「罪の無い者を、可能性という罪状で裁くのかい? 大勢の無実の者が絞首台送りになるんだよ?」
タナさんの声は穏やかだったが、底知れぬ迫力があった。
「それともなにかい? 魔女を殺すためなら、その何倍もの魂が無為に狩られても仕方ないって、そういう考えなのかい?」
「それは……」
「彼女らだってあんたの領民だろう。百人の安寧のために一人や二人の犠牲は仕方ない。あんたはそう考えてるってことだね?」
「それは……」
ガナートは視線を彷徨わせる。俺は助けてやらないことに決めている。
「領主の息子がそこで思考停止してどうするんだい!」
タナさんが声を荒らげた。周囲の女や騎士たちが一斉にこちらを向いた。
「より多くの安寧のために、少数の犠牲は仕方ない――そんなのはね、無能の言い分さ。あんたはこの領地ではかなりの力を持ってるはずさ。ならさ、どうして考えない? ならさ、どうして異端審問官を問い質さない? もっと正確に魔女を見抜ける方法はないのかとか、魔女を生み出さない方法はないのかとか、どうしてそこまで考えない?」
タナさんの詰問に、誰もが黙り込む。ガナートは唇を噛んで俯いている。タナさんは立ち上がるといきなりナイフを抜いた。
「人の上に立つ人間がそんなことでどうする!」
その切っ先がガナートの首筋に当てられている。あまりのスピードに、俺は腰を浮かせることすらできなかった。ガナートにしても同様だろう。額に汗を浮かべて、ゴクリと喉を鳴らしていた。
「だが、俺には……俺は……」
ガナートは引きつった表情を浮かべてはいたが、震えてはいなかった。「こいつ、意外と根性座ってるな」と俺は思った。
「ガナート、あのさ」
俺は思わず声をかけていた。タナさんがナイフを引いて鞘に収める。
「法は咎人を裁くためにあるんだろ?」
そう問うと、ガナートは重苦しく頷いた。俺の隣にタナさんが移動してきて、寄り添うように腰をおろした。
「疫病も飢饉も、とにかくそういった災禍なんてものは、もとより人間の起こせるものじゃない。だからこそ、人々は恐怖を覚える。名前をつけられない何かに対しては、人々は簡単に不安になり、恐慌に陥る。そんな恐怖のようなものに無理矢理名前を当てはめようとしているのが、今のお前たちだ。当事者意識を持たない圧倒的多数の人間が持つ恐怖という名の力で、法を動かしているんだよ、今のお前たちは」
「だが! この状況を座して見ているわけには」
「そんな自己満足のために、何十だか何百だかの女たちに絶望を与えようというのか」
「自己満足ではない!」
ガナートは確信犯なのだと、俺はようやく合点した。自分の正義を確信しているのだ。だが――。そこでタナさんが口を挟んだ。
「あんたはさ、ガナート。自分でも納得はしてないんじゃないかねぇ?」
「そんなことはない。俺は……」
ガナートはそれきり黙ってしまった。彼の中での確信的なものが揺らぎ始めているのだ。
「あんたにも正義はある。アタシは知っているさ。だけどね、その正義は絶対じゃない。あんたはね、自分の持っている正義という名の悪魔に目を曇らされている。正義を行動の理由にしちゃいけない。正義は不変にして普遍だなんて思っちゃいけない。それはあんただけの、しかも、今だけの正義なんだ」
「それは、そんな事は」
「ガナート」
タナさんがぴしゃりと言う。
「正義は力じゃない。力を振るって良い理由でもない。悪魔の囁きなんだよ、それは。あんたが正しいと思っても、アタシは間違えていると思うかもしれない。絶対的な正しさなんて、そもそもが絶対でもなんでもない。振り子のようにフラフラしているものさね。だから、自分は正しいという思い込みで走り出すと、必ず別の正義に足元を掬われる。ちょうど今のあんたのようにね」
――別の正義、か。
胸の奥がジワリと疼いた気がした。




