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腰痛剣士と肩凝り魔女  作者: 一式鍵


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02-08. 闇の精霊の起源

 今回の事件の結果、俺が何より嬉しかったのが、この「幌馬車」という移動手段を確保できたことである。夏の日差しを防ぎ、雨もある程度しのげる。そしてなにより、移動しているにも関わらず、横になっていられるのだ! すばらしい、自動移動手段。


 とはいえ、今の俺にはガナートの監視という重要任務があるから、うっかり横にもなれはしない。ガナートは鎧を脱がされて、両手両足を縛られた上に猿ぐつわを噛まされている。最初は猿ぐつわは勘弁してやったのだが、うるさかったのでやむなく、だ。舌を噛み切るような男ではないのは明白だったが、終始ブツブツ言われていては俺が参ってしまう。それに、外の騎士との連絡手段は念の為に()っておきたかったというのも理由の一つだ。


 五台の幌馬車には合わせて四十名もの女性が乗せられていた。年齢は様々だったが、十代から三十代くらいだろうか。ガナートには勝ったとはいえ、彼女らをこんな所で着の身着のまま解放するのも危険だったし、何より()()()()はまだ終わっていないのだ。せめてこのベラルド領内での安全を担保できないことには、俺たちも夢見が悪い。一度魔女の容疑をかけられた彼女らには、今日助かったからと言って、明日無事でいられる保証などないのだ。


 タナさんもそれには賛成で、ベラルド子爵に一泡吹かせてやる必要があるという方針になっていた。


 ガナートを捕らえてから一週間ばかりたった日の夕刻、ベラルド邸まであと一日の旅程を残して、俺達は最後の野営をすることにした。急げば夜半には辿り着けるそうだが、夜間の見張りをやれる騎士も大勢いることだし、馬車には必要十分の食料が積み込まれていた。だからさしあたり急ぐ理由もない。それになにより、馬車での移動は――それはそれで腰に来る。


 焚き火や料理はウェラや捕まっていた女性たちがやってくれた。俺も手伝おうとはした。したのだが、タナさんに「場所を食うだけで、足手まといさね」と一喝されてしょんぼりしているところだ。


「パパ、はい、これ」


 腰を温めるために焚き火を背にして座り込んでいる俺のところに、ウェラがやってくる。その手には干し肉と干し芋がある。


「ちょっと(あぶ)ると美味しいよ」


 そう言って、ウェラは右手の平に炎を生じさせる。見た目にとても熱そうだが、火傷をすることはないらしい。そうこうしているうちに肉と芋の香ばしい香りが漂ってきた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、ウェラ」


 俺は干し肉と干し芋を受け取り、さっそく口に運ぶ。ウェラは自分の分の干し芋を美味(うま)そうに頬張っている。


「しかし便利だな、火の精霊って」

「精霊さんは、道具じゃないよぉ」


 ウェラは頬を膨らませる。なぜかウェラも俺の隣で背中を焚き火で炙っている。じわっと来る熱さなのだが、ウェラは汗の一つもかいていない。精霊の守りみたいなものだろうか。


「火の精霊さんは、ウェラが生まれてからずーっと守ってくれてるの」

「確か、他にも精霊使えるんだよな?」

「うん。四属性って言われてるってお母さんに聞いた気がする」

「四属性って、タナさんも言ってたけど」


 俺がそう言いかけたところで、タナさんがスープの入った小鍋を持ってやって来た。あの馬車には鍋も積んであったのか。ガナートが自分で持ってきたと言うより、ついでに奪ってきたというような代物だろうか。


「四属性ってのはね、地水火風、世界を司る四つの要素さ。これに光と闇が加わることで世界は完全な形になるわけだけど――」


 タナさんは俺たちにカップを手渡すと、スープを注いだ。


「トウモロコシの粉を溶いただけのものだけどね、栄養価は高いのさ」

「ウェラ、これ大好き!」


 一口飲んだウェラが明るい声で言った。その様子に、周囲の女性たちも少し和む。騎士たちは放置されているが、とりあえずのところ俺たちに敵対する気はなさそうだった。目の前で主であるガナートが敗北しているのだ。誇りある騎士であれば、その恥を上塗りするようなことはしない。


 タナさんは夜空に輝き始めた星を見上げつつ、大きく息を吐く。焚き火の金色に照らされた白い肌が、ゆらゆらと揺れている。


「ウェラは光と闇の精霊は知っているかい?」

「うん。でも、会ったことはないと思う」

「だろうね」


 タナさんは何やら納得しているが、俺はもう少し説明を求めたい。


「光の精霊と闇の精霊はね、天使と悪魔、とも呼ばれているのさ。世界の(ことわり)を外れた存在でありながら、世界に不可欠な存在とも言える」

「天使と悪魔? それも精霊なのか」

「雑多な分類だけどね」


 タナさんは肩を竦める。


「地水火風の四属性の精霊は、人間にも常に寄り添って存在してきた。だから、精霊使いという才能を持った者が生まれるのさ」

「光と闇は?」

「……光は知らないけど、闇の精霊は、人間を利用して存在し続ける」


 タナさんはそれきり黙ってしまった。俺はウェラと顔を見合わせつつ、干し肉と干し芋を食べている。タナさんはスープを一口飲み、そしてまた息を吐く。


「光はともかく、闇は……いわば、人間が生んだ存在なのさ」

「人間が、悪魔を生んだっていうことか?」

「そうさ」


 タナさんは短く答えると、また黙った。そこにやってきたのがガナートだ。食事の間はいくらなんでも不憫だというので、縄を解いてやったのだ。下手に警戒していると、俺の腰が限界なことがバレてしまう。逆に余裕を見せておいたほうが良いと、俺は判断した。ちなみにタナさんはガナートに「変なことをしたら殺すよ」と警告していた――怖かった。


「なんだいあんた、お貴族様は一人で飯を食えないのか」

「そういうわけではない」


 ガナートは憤然とした様子で俺の目の前に腰をおろした。反対に、ウェラが立ち上がる。


「おじさん、干し芋食べる?」

「こいつのことなんてほっとけ」

「でも、おじさんもおなかすいてるでしょ?」


 俺の言葉をサラッと流して、ウェラは訊く。ガナートは「ま、まぁな」とか答えている。正直、不器用な反応だなと思った。


「じゃぁ、ウェラの分けてあげるよ」


 ウェラはまだ手を付けていなかった干し芋をガナートに手渡す。ガナートは俺とタナさんを伺いつつ、それを受け取った。ウェラはそれを見届けると、片付けの手伝いに行ってしまった。大人の会話が始まると悟ったのだろう。


「エリソンと言ったな」

「それが?」

「お前は誰だ」

「誰? エリソンだが?」

「そうじゃない――」


 ガナートは渋面になる。そのガナートの肩越しに見えるタナさんの目は、氷柱(つらら)のように冷徹だ。


「俺にはお前がただの旅の剣士だとは思えない」


 ガナートは俺を睨むように見つめ、静かな口調でそう言った。


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