初任務、ぎこちない連携
冒険者ギルドの受付で依頼書を受け取った僕たちは、掲示板の前で足を止めていた。
そこに記されていたのは――「森に出没するゴブリンの群れを討伐せよ」。
「ほう、小規模な依頼だが悪くないな」
セレスが紙を片手にしながら、冷静に頷いた。
「群れの統率性、武装の質……観察すれば興味深いデータが取れるだろう」
「……また研究対象扱いする気でしょ」
リィナがむっと眉をひそめ、腕を組む。
「私は魔物を斬るのに忙しいの。あなたの研究材料になるために戦うんじゃないんだから」
セレスは涼しい顔で肩をすくめた。
「結果的に討伐が果たされれば問題ないだろう。観察とは副次的なものだ」
「副次的って……」
僕はおずおずと口を挟んだ。
「で、でも……僕なんかで、本当に役に立てるかな」
視線を落とし、裾をぎゅっと握る。
フィオナがそっと微笑み、僕の肩に手を置いた。
「大丈夫です、ナギさん。みんなで一緒にやればきっとできます」
「おう! 任せとけ。俺が前に立って守ってやるからな!」
ドランが豪快に胸を叩く。
『姫よ、案ずるな。我が刃はお前の細腕を支えるためにある』
「ひ、姫って呼ばないでってばぁ……!」
僕の裏返った声に、受付嬢までくすっと笑ってしまう。
耳まで真っ赤になりながら、僕は聖剣を胸に抱きしめた。
こうして僕たちは、新しい仲間セレスを加え、森の討伐任務へと出発した。
森の奥は薄暗く、昼だというのに木漏れ日すら届きにくかった。
耳を澄ますと、低いうなり声が響く。
次の瞬間、茂みをかき分けて十数匹のゴブリンが飛び出してきた。
「来たな!」
ドランが前に出て盾を構える。
ゴブリンたちの棍棒がガンと鳴り響き、衝撃が広場に広がった。
「フィオナ、後ろで支援を!」
「はいっ!」
フィオナの祈りの声が柔らかく響き、僕たちに薄い光の加護がかかる。
「行くわよ!」
リィナが駆け出し、赤く煌めく剣を振るった。
鋭い斬撃が一匹を倒すが、まだ数は多い。
「敵は群れで動いている……前列を崩さない限り、押し込まれるぞ」
セレスが冷静に指示を飛ばす。
「ナギ、中央を抜けろ。聖剣なら突破口を作れる」
「えっ、ぼ、僕が!?」
足がすくみ、裾を踏みそうになりながらよろめく。
焦って顔を上げると、ゴブリンの牙が目の前に迫っていた。
「ナギ!」
フィオナの叫びに体が硬直する。
僕は必死に剣を構えるけど、細い腕は震えっぱなしで、ゴブリンの攻撃に押し負けそうになる。
『姫よ、怖気づくな! お前の心が剣を動かすのだ!』
「で、でも……僕なんか……!」
裏返った声が森に響き、ゴブリンたちが嘲笑うように吠えた。
胸がぎゅっと締めつけられ、涙がにじむ。
やっぱり、僕は足を引っ張るだけなのかな……。
その時、背中に響いた声があった。
「ナギさん、大丈夫です! 私たちがいます!」
フィオナのまっすぐな声。
振り返ると、ドランもリィナも必死に前線を支えてくれていた。
「僕……!」
細い指が剣を握りしめる。
胸の奥に、小さな灯火がともるのを感じた。
ゴブリンリーダーが棍棒を振り上げ、前衛のドランを押し潰そうと迫ってきた。
「くっ……! さすがに重てぇ……!」
ドランの盾がきしみ、フィオナの祈りの声も焦りを帯びる。
「ナギ!」
リィナが振り返り、怒鳴った。
「立ってるだけで何もしない気!? 勇者なんでしょ!」
「ぼ、僕は……!」
胸が締めつけられ、喉が震える。
裾をぎゅっと握りしめたまま、視界が滲んでいく。
『姫よ、今こそだ! そのか弱い声で構わぬ。お前の心を叫べ!』
エルセリオンの声が頭に響く。
……僕なんかが勇者なんて。
でも――守りたい。
この人たちが傷つくのは、絶対に嫌だ。
胸いっぱいに空気を吸い込み、思わず声が裏返る。
「――い、いっちゃうんだからぁっ!!」
その瞬間。
剣が強烈な光を放ち、刀身から衝撃波が広がった。
地面の草木がなぎ倒され、ゴブリンの群れが一斉に吹き飛ぶ。
「な、なんだ今のは……!」
ドランが目を見開き、リィナが唖然と剣を見つめた。
フィオナは胸に手を当て、安堵の涙を浮かべている。
粉塵の中、僕は震える腕で剣を抱きしめていた。
「はぁ……はぁ……ぼ、僕……本当に……?」
濡れた黒髪が頬に張りつき、青い瞳は涙と光で潤んでいた。
『ふむ、見事だ。我が姫の叫びが、敵を一掃したのだ』
「ひ、姫って呼ばないでよぉ……!」
耳まで真っ赤にして叫ぶ僕に、ドランとフィオナが思わず笑みを漏らした。
倒れたゴブリンたちが静かに消えていく。
森には風の音だけが残り、僕たちはようやく息を整えた。
「ははっ! すげぇじゃねぇか、ナギ!」
ドランが豪快に笑い、僕の背中をばんばん叩く。
そのたびに細い体が揺れて、頬に張りついた黒髪がふわりと舞った。
「ナギさん……本当に、勇者様なんですね」
フィオナの瞳がやさしく揺れ、微笑みがこぼれる。
「ふ、ふんっ……ちょっとはやるじゃない」
リィナは剣を納めながら、わざとらしく顔を背ける。
けれど耳まで赤くなっているのを僕は見逃さなかった。
セレスは顎に手を当て、僕を観察するように見つめていた。
「……やはり興味深い。恐怖やためらいすら剣の力に変換するとは。これは単なる勇者の資質ではない」
『当然だ。我が姫はただの勇者ではない。世界にただ一人、“女の心”を抱く者だからな』
「そ、それ以上言わないでブレードさん!」
思わず耳まで真っ赤になり、裾をぎゅっと握りしめた。
仲間たちの笑い声や視線が、胸の奥を温かく満たしていく。
――僕なんかでも、役に立てるんだ。
小さな灯火が心の奥で揺れ、勇気へと変わっていった。
こうして僕たちの新しいパーティは、ぎこちなくも確かな一歩を踏み出したのだった。




