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影、リュミナスを揺らす

リュミナス城下の大広場。

 市場の喧騒が一瞬で凍り付いた。


 黒い靄が立ち込め、中央に仮面をつけた影が姿を現した。

「聖剣の勇者――その存在は虚ろに過ぎぬ」

 低く響く声に、人々のざわめきが波のように広がる。


「またあいつか!」

 リィナが素早く剣を抜き、群衆の前へ躍り出る。

「この前は書庫で逃げたくせに、今度は正面から出てくるなんて……上等じゃない!」


 ドランも大剣を担ぎ、豪快に笑った。

「堂々と現れてくれた方が話は早ぇ! 今度こそぶっ飛ばしてやる!」


 ナギは聖剣を抱きしめるように握りしめた。

(ここで……みんなの前で、勇者として戦わなきゃ……!)

 裾をぎゅっと握り、青い瞳を震わせる。


 セレスは低く呟いた。

「気をつけて。あれは“記録を改竄する者”……ただの幻術士じゃない」


 影が両手を広げると、黒い靄が竜の形をとり、牙を剥いて襲いかかってきた。

 地面が震え、石畳が砕け散る。


「ナギさん!」

 フィオナが祈りを込め、癒しの光を展開する。仲間の身体を包み込み、迫る黒炎の一撃をかろうじて防いだ。


「……これ以上、逃げられない」

 ナギは聖剣を抜き放った。蒼光が広場を照らし、影と対峙する。

「僕は……僕は勇者だ! みんなを守る!」


 勇者一行と影の戦いが、王都リュミナスのど真ん中で始まった――。


黒い竜の形をした靄が咆哮を上げ、広場を覆う。

 その熱気は炎ではなく、記録そのものを焼き潰す“虚ろの炎”。


「くそっ、手応えがねぇ!」

 ドランが大剣を叩きつけるが、黒竜は煙のように形を変え、無傷で襲いかかってきた。


「リュミナスの記録を、この場で改竄する気か……!」

 セレスが杖を構え、結界を張る。だが結界はきしみ、ひび割れが走る。

「普通の攻撃じゃ、存在ごと食い潰される!」


「ならば――!」

 リィナが剣を振るい、火花を散らしながら影の腕を切り裂こうとする。

 だが切っ先は、まるで“記録の紙”を裂くように歪み、逆に彼女の剣が軋んだ。

「っ……!」


 群衆は恐怖に悲鳴を上げ、逃げ惑う。

「勇者は偽物じゃなかったのか……?」

「いや、あの影こそが真実を持っているのでは……」

 囁きが広場に渦を巻き、ナギの耳に突き刺さった。


(僕なんかが……勇者なんて……本当に?)

 裾をぎゅっと握る指先が震える。

 聖剣の重みが心臓にのしかかり、青い瞳が揺らぎ始めた。


「ナギさん!」

 フィオナが叫び、彼の手を強く握った。

「信じて! “女のごとき心”だからこそ、あなたは選ばれたんだ!」


 その声に応じるように、聖剣の刃がかすかに光を帯びる。

だが影の仮面が冷ややかに告げた。

「勇者姫よ。お前の存在は記録から削除される。――仲間の記憶からも、やがて消えるのだ」


 黒竜の顎が大きく開き、ナギへ迫る。

 聖剣を握る手は震え、心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っていた。


(消える……? 僕が……みんなから……?)


 広場の空気は重く沈み、戦況は影に支配されていった――。


黒竜の顎が迫る瞬間――ナギの耳に、確かな声が響いた。

『震えてもいい。だが進め。“女のごとき心”を持つ勇者よ』


「……ブレードさん……」

 ナギの瞳が揺らぎ、涙がにじむ。裾をぎゅっと握りしめる手はまだ震えていた。

 けれど、その震えを押し殺すことなく、彼は一歩を踏み出した。


「僕は……消えない!」

 叫んだ声が広場に響く。

「記録から消されても、仲間の心に僕が残ってる限り、僕は勇者だ!」


 その瞬間、聖剣が蒼光を爆ぜさせた。

 刃から放たれた光が竜の顎を貫き、黒炎を押し返す。


「なに……!?」

 仮面の影が動揺する。


「ナギ、やったな!」

 ドランが豪快に叫び、リィナは赤い頬を歪めて笑った。

「ふん……ようやく勇者らしい顔をしたじゃない!」


 フィオナは涙ぐみ、両手を合わせて祈るように見つめていた。

「ナギさん……!」


 蒼光は竜の全身を包み込み、記録を焼き潰す黒炎を逆に“真実の光”へと変換していく。

 灰のように崩れ落ちた炎の隙間から、羊皮紙の断片が舞い戻った。

そこには――確かに「勇者姫」の名が刻まれていた。


「記録が……修復されていく……!」

 セレスが息をのむ。


 仮面の影は後ずさりし、声を震わせる。

「“女のごとき心”……これほどの力とは……!」


「僕は……偽物なんかじゃない!」

 ナギが聖剣を振り抜いた。

 光の刃が竜を断ち割り、黒炎は悲鳴と共に霧散した。


 広場を覆っていた闇が晴れ、陽光が差し込む。

 群衆は息を呑み、次いで歓声を上げた。

「勇者だ! 本物の勇者だ!」

「聖剣に選ばれし者だ!」


 ナギは剣を抱きしめるように胸に当て、青い瞳を潤ませた。

(僕なんか……って思ってた。でも……僕は――勇者なんだ)


戦いの余韻が、まだ広場に残っていた。

 黒炎の残滓は完全に消え、空には澄んだ陽光が降り注いでいる。だが人々の目に焼き付いたのは、聖剣を掲げたナギの姿だった。


「……ナギ、本当にすごかったよ」

 フィオナが涙を拭いながら、微笑んで言った。その手はまだ震えていたが、彼女の声は確かな温もりを帯びていた。


「ふん……」

 リィナは顔をそむけながらも、耳まで赤い。

「み、認めてあげるわよ。あなたが勇者であることくらい」


「はっはっは! よくやったじゃねぇか、坊主!」

 ドランが豪快に背中を叩き、ナギは前のめりによろける。


「痛っ……! ドランさん……!」

 青い瞳を潤ませながら、ナギは小さく笑った。


 一方で、セレスは冷静に残滓を睨んでいた。

「……ただ消えただけじゃない。影はまだ残っている。改竄は……完全には終わっていないわ」


 その言葉に、一行の表情は引き締まる。

ナギは裾をぎゅっと握りしめ、青い瞳をまっすぐ前に向けた。

「うん……僕はもう逃げない。たとえ震えても、“女のごとき心”を持つ勇者として……必ず真実を取り戻す」


 その瞬間、聖剣が静かに光を放ち、彼の決意を肯定するように脈打った。


 だが群衆の歓声の裏で、誰も気づかぬ影が塔の屋根に立っていた。

 仮面の男とは別の存在。灰色の外套に身を包み、数字が流れるように瞳を揺らす――第三勢力の使徒。


「……女のごとき心、か」

 感情の欠片もない声が風に溶ける。

「観測を超える者。面白い……だが、それも定義不能だ」


 不気味な声とともに、その影は闇に紛れた。


 ――勇者ナギの物語は、確かに新たな段階へと踏み出していた。


……その頃、黒き塔の玉座にて。


 魔王は高笑いを響かせていた。

「流石、我が推し……! あの震えながらも進む姿こそ、尊いのだ!」


 幹部たちは一斉に頭を抱える。

「また始まった……」

「敵なのに“推し”とか言うな!」


 だが魔王の目は真剣そのものだった。

「余は見届けるぞ……勇者姫。お前が世界を覆すというならば――余はその全てを推す!」


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