魔王軍本拠地 ― “黒曜宮殿”
赤黒い大理石の広間に、魔王軍幹部たちが一堂に会していた。天井から垂れる炎の燭台は風もないのに揺れ、空気には常にざわめく瘴気が漂う。
「報告いたします。王都にて、聖剣の勇者が確認されました」
軍師然とした男が羊皮紙を広げ、鋭い声を響かせた。
「しかも“女のごとき心を持つ者”のみが抜けるという伝説の条件通り……勇者は、例の黒髪の少年です」
「ふむ」
玉座の上、闇の王はゆるやかに身を起こした。白い肌に長い髪、男女の区別を超えた美貌がほの暗い光を浴びている。
「やはりか。あの華奢な肩……潤んだ瞳……我が趣味に合致しておるわ」
「ま、魔王様! 推し活発言は控えてください!」
軍師が額を押さえる。
「これは我らの存亡を左右する一大事なのですぞ! 勇者が聖剣を抜いた以上、王国と魔族の均衡は崩れる……」
「均衡など知らん。余にとって大事なのは――勇者姫が今日も健やかであるかどうかじゃ」
魔王は真顔で言い切った。
「……」
幹部たちは一斉に沈黙する。
「殲滅作戦を立案すべきです!」
騎士団長が剣を鳴らし、声を張り上げた。
「勇者が王都に戻った今こそ奇襲を仕掛け――」
「ならぬ!」
魔王が立ち上がり、翼のような影を広げる。
「我が勇者姫を脅かす不届き者があれば、この魔王が直々に滅ぼす! 勇者姫は余のものぞ!」
「……いや、敵のはずでは?」
軍師が小声で呟くが、道化のような幹部が手を叩いて同調した。
「推し活に殉ずる! 勇者姫ばんざーい!」
「お前まで混ざるなぁぁ!」
騎士団長が机を叩き、広間は一瞬大混乱に包まれる。
やがて魔王は、ふっと笑みを消した。
「――だが、第三勢力の影が蠢いておる。王国と魔族、双方に属さぬ者たちよ」
軍師の顔が険しくなる。
「……ええ。奴らは“記録を改竄する者”と呼ばれています。王国でも噂が絶えず、聖剣と勇者を狙っている模様」
「ふむ」
魔王の瞳に、鋭い光が宿る。
「ならば決まっておろう。余の勇者姫を狙うなら――第三勢力こそ、真の敵だ」
広間に重苦しい沈黙が落ちた。
魔王の推し活じみた執着の裏で、確かにその言葉だけは本物の威圧を帯びていた。
黒き塔の玉座の間。
高い天井から吊るされた燭台が揺れ、紅の絨毯の上には異形の影が跪いていた。
しかし、その空気を支配するのは、たった一人の存在――魔王。
長い白銀の髪を肩に流し、性別を超えた美貌を持つその者は、ゆったりと玉座に身を預けていた。
瞳に宿るのは狂気ではなく……熱。
「――余の推しは、聖剣の勇者だ」
低く響いた声に、広間が一瞬凍りつく。
「ま、魔王様……またですか……!」
痩せぎすの参謀が顔を青ざめさせる。
「推し……とはつまり、その……敵である勇者のことでしょうか?」
武骨な将軍が困惑しつつ尋ねる。
「うぬ。あの黒髪の華奢な少年……いや、勇者姫。あれほど尊き存在は他にあるまい」
魔王はうっとりと目を細める。
「女のごとき心を抱き、なおも震えながら進む。……愛おしい」
「や、やめてください魔王様! 幹部一同、会議が進みません!」
参謀が慌てて扇を振る。
「だが認めよ。我が創った聖剣が、選んだのは余の理想……“女の心を持つ勇者”。つまりナギこそ、運命に導かれし者」
玉座に響くその言葉に、幹部たちは絶望的な顔を見合わせた。
「また始まった……推し活モードだ……」
「敵の観察より推しの語りが長い……」
だがそのとき。
空気が不意に冷え、玉座の影がざわりと揺れた。
「……来たか」
魔王の表情から甘やかさが消える。
影の中に、仮面をつけた黒い人影が立ち上がった。
「聖剣は、いずれ崩壊を招く」
「勇者姫は、裏切りの象徴だ」
幹部たちは武器を構えたが、魔王は片手を上げて制した。
「……不快だな。余の推しを汚すな」
声は低く、しかし炎のように燃えていた。
「第三勢力よ。貴様らが何を目論もうと、余がナギを“愛でる”ことは変わらぬ」
「次に余の前で推しを侮辱すれば……その存在ごと消す」
仮面の影は一瞬、揺らいだ。
しかし何も言わず、再び闇に溶けて消えていった。
残された沈黙の中、参謀が恐る恐る声を上げる。
「ま、魔王様……では、勇者を……討つのでしょうか?」
魔王は薄く笑った。
「討つ? 愚問だ。余は勇者を推す」
「……ゆえに、余自ら会いに行く」
広間がざわめいた。
推し活全開の魔王の決意が、世界を大きく揺らそうとしていた。




