砂漠の都〈アステル〉 ― 出発の朝
砂漠の太陽が昇るころ、都の市場はもう活気づいていた。
昨夜の戦いを知る人々が集まり、僕たちを一目見ようと押し寄せている。
「勇者さまだ!」
「勇者姫さまー!」
……やっぱり姫付きなんだ。
僕は顔を真っ赤にして裾をぎゅっと握った。
子供が駆け寄り、色とりどりの花で編んだ冠を差し出す。
「お姫さまに似合うように作ったんだ!」
「ぼ、僕は姫じゃ……っ!」
慌てる僕の頭に、フィオナがそっと花冠を乗せる。
「ふふ、似合ってる。ね、みんな?」
「ぷっ……!」
リィナは吹き出し、肩を震わせた。
「本当に似合うわよ、勇者“姫”。」
「だから違うってばぁ!」
僕の裏返った声に、周囲の民まで笑いに包まれる。
「おいおい、姫だの勇者だの呼ぶ前に、こっちの肉串のが大事だろ!」
ドランは屋台の肉を頬張り、王宮兵に止められていた。
セレスは砂時計を弄りながら、呆れたように言う。
「……出発前から茶番とは。勇者姫の旅路は賑やかだな」
「セレスさんまでぇぇ!」
その時、王宮の門からライラ王女が現れた。
金の刺繍が施された薄衣をまとい、凛とした声で告げる。
「勇者ナギ殿、そして仲間の皆さま。どうか最後の門を越え、この国を救ってください」
彼女の瞳はまっすぐに僕を捉えていた。
胸の奥が熱くなり、僕は花冠を押さえながらうなずいた。
「……はい。必ず、戻ってきます」
都の民の歓声が砂漠に響く中、僕たちは砂漠の地平へと歩き出した。
――待ち受けるは、“第三の門”。
砂漠の都を後にして三日。
照りつける太陽と、夜の冷え込みを越えた僕たちは――ついにそれを目にした。
「……あれが、第三の門……?」
僕は足を止め、青い瞳を見開いた。
砂漠の大地にぽっかりと穿たれた巨大なクレーター。
その中心に、漆黒の石で築かれた門が半ば砂に埋もれるように立っていた。
門の隙間からは、黒い霧がゆらゆらと立ち上り、空気そのものを侵している。
「うっ……空気が重い……」
リィナが剣を握りしめる。
「今までの瘴気と、質が違う……まるで、意思を持ってるみたい」
「まさしく“生きた闇”だな」
セレスが目を細め、低く呟いた。
「伝承の通りなら、この門の奥には……瘴気そのものを操る存在が眠っている」
ドランは大剣を肩に担ぎ、豪快に笑う。
「だったら叩き割るだけだ! なぁ、ナギ!」
「ぼ、僕!?」
思わず裏返った声を出す。
花冠はさすがにもう外したけれど、仲間の視線が一斉に僕に向かっていて、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……ナギ君」
フィオナがそっと微笑む。
「怖がってもいい。でも、あなたが一歩を踏み出したら……私たちが支えるから」
「震えながらでも進め。勇者姫よ」
胸の奥で、ブレードさんの声が低く響いた。
「だから姫じゃないってばぁ!」
僕の叫びが、瘴気に揺れる砂漠にこだました。
――その瞬間。
門の奥から、地の底を這うような声が響いた。
『……来たか。勇者よ……』
空気が凍りつく。
僕の肩が小刻みに震え、仲間たちは一斉に構えを取った。
――第三の門が、目を覚まそうとしていた。




