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魔族幹部、王都を襲う

 王都の大通りは、人の波で埋め尽くされていた。

 白い旗がはためき、鐘の音が高らかに鳴り響く。


「勇者ナギだ! 聖剣の勇者だ!」

「氷狼を退け、雪国を救ったお方だ!」


 群衆の声は止むことなく続き、紙吹雪が空を舞った。

 僕は裾をぎゅっと握り、青い瞳を伏せていた。細い肩がすくみ、頬が真っ赤になる。


「おい、また赤くなってんぞ!」

 ドランが豪快に笑い、僕の背をどんと叩く。

「王様の前で倒れんなよ?」


「ふん、情けない顔して。勇者なんでしょ、もっと胸張りなさい」

 リィナは呆れ顔をしながらも、歩調を合わせてくれる。


「ナギはナギでいいんだよ」

 フィオナは柔らかな声で支えてくれ、祈りを込めた微笑みを向ける。


「事実は動かない。勇者と呼ばれるのは当然だ」

 セレスの冷静な言葉が、わずかに心を落ち着けた。


 城門前に整列する兵士たちが槍を掲げ、王の名を唱和する。

 その中央には、黄金の衣をまとった王が立っていた。


「――聖剣の勇者ナギよ!」

 王の朗々とした声が大通りに響き渡る。

「お前こそ、この国が待ち望んだ光。ここに正式に勇者として認め、王国の守護者とする!」


 大きな歓声が沸き上がる。

 僕は視線を泳がせながら、細い指で聖剣エルセリオンを掲げた。


『胸を張れ、ナギ。……勇者姫としてな』

 ブレードさんの茶化す声に、思わず裏返った声を上げてしまう。


「ちがうってばぁぁっ!」


 広場に笑いが広がり、場の空気が一層和らいだ。

 そのまま僕たちは城内に招かれ、夜の祝宴が幕を開ける――。


王の館には豪華な料理が並び、音楽と笑い声が絶え間なく響いていた。

 雪国からの使節団も加わり、杯を交わす声があちこちで飛び交っている。


「おーい、ナギ! ほら、この肉食え! 勇者の口に入る肉はうまいぞ!」

 ドランが骨付き肉を持ってきて、僕の皿にどんと置いた。


「ちょ、ちょっと……そんなに食べられないよ……」

 頬を赤くしながら、僕は裾をぎゅっと握った。


「ほら、笑顔で受け取りなさいよ。勇者の顔が暗かったら場が冷めるでしょ」

 リィナは呆れ顔をしつつも、皿にナイフを添えてくれる。


「ナギ君、無理しないでね。食べられる分でいいから」

 フィオナの微笑みに、胸の奥が少し温かくなった。


 セレスは杯を揺らし、静かに周囲を観察している。

「……ふむ。少し、気配が騒がしいな」


 その言葉に、ブレードさんの低い声が続く。

『ナギ……空気が変わった。油断するな』


 次の瞬間――。


 祝宴の天井を突き破るように、闇が広間を覆った。

 氷のように冷たい風が吹き荒れ、燭台の炎が一斉に揺らぐ。


「な、なんだ!?」

「きゃあっ!」


 人々の悲鳴が響く中、二つの影がゆっくりと舞い降りた。


 一人は黒い外套を纏い、深紅の瞳を光らせる男。

 その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。


「……聖剣の勇者、だと? なるほど、子供の真似事にしては派手だな」


 もう一人は銀色の仮面をつけた女。

 しなやかな指先に、禍々しい魔力がまとわりついている。


「王国の宴……ずいぶんと愚かしい。ここで終わらせてあげましょう」


 広間は一瞬で凍りついたように沈黙し、誰もがその圧に言葉を失った。


 僕は細い肩を震わせ、裾をぎゅっと握る。

 青い瞳が揺れながらも、自然と聖剣に手が伸びていた。


 聖剣エルセリオンの刀身が、かすかに脈動した。

『……名を刻め、ナギ。あれが魔王軍幹部――ヴァルガとルシュラだ』


「幹部……!」

 青い瞳が揺れる。背筋に冷たい汗が流れ、細い肩がすくんだ。


 黒外套の男――ヴァルガは、大剣を肩に担ぎ上げた。

「フン、これが“勇者”か。細腕の小僧が聖剣を振るうとは……笑わせる」


 仮面の女――ルシュラは、指先で虚空に魔法陣を描く。

「力を試す価値はありそうね。ねぇ、“震える勇者姫”さん?」


「ひ、姫じゃないから!」

 思わず裏返った声を上げ、広間に失笑とどよめきが走った。

 頬が熱くなるのを必死に隠しながら、僕は剣を抜いた。


「ナギ、気を抜くな!」

 ドランが大盾を構え、前に躍り出る。

「幹部級なんざ、そう簡単に引けねぇぞ!」


「……無鉄砲ね。でも、ここは退けない」

 リィナが剣を抜き、青白い光をまとわせる。


「ナギ君、私が支えるから!」

 フィオナが祈りを紡ぎ、聖なる光が僕の背を押した。


「ふむ。魔力の質が違うな……これは容易ではない」

 セレスが低く呟き、氷の瞳で敵を分析する。


 僕は震える指で裾を握り、細い指で聖剣を掲げた。

「……僕は、逃げない。勇者として――立ち向かう!」


 その瞬間、エルセリオンが光を放つ。

 眩い閃光が広間を照らし、ヴァルガとルシュラの影を鋭く切り裂いた。


『よく言った、ナギ。さぁ――試練の時だ』


 ヴァルガが踏み込むたび、床石が砕け散った。

「ほらどうした勇者! その細腕で、この大剣を受け止められるかぁっ!」


 振り下ろされた一撃は雷鳴のよう。

僕は細い腕でエルセリオンを掲げ、ぎりぎりで受け止めた。

衝撃で肩が焼けるように痛み、裾をぎゅっと握りしめながら後ずさる。


「ナギ!」

 ドランが盾で割り込み、咆哮を上げる。

「てめぇの相手は俺だ!」


「フン……脆い盾だな」

 ヴァルガの一撃で大盾が軋み、火花が散った。


 一方、ルシュラの指先から放たれた魔法陣が広がる。

「氷の檻よ――閉ざせ」

 冷気が奔り、リィナとフィオナを囲う氷壁が立ち上がる。


「くっ……足を止められた!」

 リィナが剣で氷を叩くが、次々と再生する。


「ナギ君、無理に動かないで! 狙われてるのは……あなた!」

 フィオナの声が震え、祈りの光が彼女の手から漏れ出す。


「……その通り」

 仮面の下でルシュラが冷笑した。

「聖剣さえ封じれば、この戦は終わる」


 広間にいた兵士や人々は、王の合図で急いで避難していた。

残されたのは僕たちと、魔王軍幹部の二人だけ。

雪国から来た使節団すら、ただ固唾を飲んで見守るしかなかった。


『ナギ……相手の魔力は桁違いだ。だが恐れるな。恐怖はお前の力を縛る』

 ブレードさんの声が胸の奥で低く響く。


「……わかってる。でも……!」

 青い瞳が揺れ、長い睫毛がかすかに震える。

「怖いよ……でも、逃げない!」


 震える声を吐き出した瞬間、ヴァルガの大剣が再び振り下ろされ――

火花と共に、勇者の一行と幹部たちの激闘が幕を開けた。


「ぐっ……!」

 ヴァルガの剛剣が叩きつけられ、石床が砕け散る。

ドランが盾で受け止めても、その腕が痺れて震えた。


「な、なんて怪力……っ!」

 リィナが氷壁を切り裂こうとするが、ルシュラの指先から再び魔力が走り、刃を凍りつかせる。


「氷は命の檻。抵抗すればするほど深く絡みつくのよ」

 ルシュラの冷たい声が広間に響く。


「くっ……ナギ君を……守らないと……!」

 フィオナが祈りを紡ぎながらも、その光は次第に薄れていく。


 仲間が一人ずつ押し込まれていくのを見て、僕の喉が詰まった。

裾をぎゅっと握りしめ、細い肩が震える。

青い瞳が潤み、今にも折れそうになる。


『ナギ。怯えるな』

 ブレードさんの声が、心臓に重く響いた。

『勇者の剣は、ただ力を誇示するためのものではない。仲間を、民を守るために振るえ』


「……守るために……」

 僕は小さく呟き、息を震わせながら顔を上げた。


 氷狼の戦いの時と同じように、胸の奥から熱が広がる。

剣を握る細い指が白くなり、濡れた黒髪が頬に張りつく。


「……僕は……僕なんかじゃない!」

 青い瞳に光が宿り、自然と声が迸った。

「僕は――勇者ナギだ!」


 その瞬間、エルセリオンが眩い光を放つ。

刀身に刻まれた古代文字が一斉に輝き、広間全体を包み込んだ。


「な、なんだと……!?」

 ヴァルガが咆哮し、大剣を振り下ろす。

だが――


「――“勇者の守護結界ブレイブ・シールド!”」

 僕の細い声が広間に響き、剣から展開された光壁が仲間を覆った。


 ヴァルガの一撃が光壁に弾かれ、火花を散らす。

ルシュラの氷魔法も光に飲み込まれ、次々と砕け散った。


「馬鹿な……守りの術式だと!?」

「子供が……この力を……!?」


 敵の驚愕が広間を震わせる。


 僕は裾を握ったまま、赤い頬を上げて叫んだ。

「僕は震えてる! 怖い! でも――仲間を、守りたいんだ!」


 聖剣の光がさらに強まり、広間の天井を突き破るほどの輝きが夜空にまで届いた。


「くそぉぉぉッ!」

 ヴァルガが猛牛のように突進し、大剣を叩き込む。

だが光壁に阻まれ、その刃は寸前で止められた。火花と共に大地が震える。


「ぐっ……この俺が押し返されるだと……!?」

 血走った目が僕を睨む。


「――ナギ、今だ!」

 ドランの声に背を押される。


 僕は深く息を吸い、細い指でエルセリオンを握り直した。

震えは止まらない。頬は赤く、裾をぎゅっと握ったまま。

でも――その瞳は真っ直ぐだった。


「お願い……ブレードさん! みんなを守る力を!」


『よかろう。――解き放て、“勇者の一閃ブレイブ・レイ”!』


 刀身が爆発するように輝き、蒼白の光が一直線に走った。

ヴァルガの大剣ごと体を弾き飛ばし、石壁に叩きつける。

轟音と共に瓦礫が崩れ、広間が震えた。


「ぐ、うぅぉぉぉっ……!」

 ヴァルガはよろめき、床に膝をつく。


「……っ、馬鹿な……! あの光は……結界を打ち砕く力……!?」

 ルシュラが仮面の奥で呻く。

すぐに魔力を練り上げるが、その指先が震えていた。


「あなたたちは――ここで退いて!」

 僕は聖剣を掲げ、青い瞳に涙を滲ませながら叫んだ。

「もう……誰にも僕の仲間を傷つけさせない!」


 ルシュラの魔法陣が広がる。

だが次の瞬間、エルセリオンから迸った閃光がそれを飲み込み、呪式ごと弾き飛ばした。


「……っ、この子……本当に聖剣に……!」

 ルシュラは悔しげに歯を食いしばり、ヴァルガをかばって後退する。


「今回は退くわ。だけど……勇者。あなたの光が尽きるときを、必ず見届けてあげる」


 ルシュラの冷たい声と共に、闇の風が吹き荒れ、二人の姿は広間から掻き消えた。


 残されたのは、震える細い肩で剣を掲げた僕と、歓声を上げる人々だった。


「勇者ナギが……!」

「魔族の幹部を退けたぞ!」

「これが……真の勇者……!」


 人々の声が雪崩のように広がり、広間を揺らす。

頬を真っ赤にしながら、僕は裾を握って視線を落とした。


『顔を上げろ、ナギ。お前の名は――勇者の名は、今ここに刻まれた』


 ブレードさんの声に導かれ、僕は小さく頷き、青い瞳を前へと向けた。


――こうして僕は、聖剣の勇者として、王国中にその存在を示すことになった。

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