氷狼戦2
氷晶の祭壇を揺らしながら、氷狼は雪煙を巻き上げて飛び出した。
その巨体は人の数倍もあり、白銀の毛並みが吹雪と同化して見える。
蒼い瞳が僕にだけ狙いを定め、吐き出す息が氷の棘となって大地を突き刺した。
「おっとと! こいつ、容赦ねぇな!」
ドランが大剣を振るい、迫る氷柱を叩き砕く。
「ナギから目を逸らさない……完全に勇者を試してるってわけね!」
リィナが歯を食いしばり、剣閃を走らせる。だが氷狼の毛皮は硬く、火花を散らしただけだった。
「回復は任せて! 倒れちゃだめだよ!」
フィオナが祈りを紡ぎ、光が仲間の体を包む。
セレスは瞳を細め、氷狼を分析していた。
「……あれは守護者。結界そのものと同調している。勇者以外の攻撃は通らない」
「じゃあ……」
僕は聖剣を握りしめ、唇を噛んだ。
「僕が……やるしかないんだ!」
氷狼の巨体が跳ね、鋭い爪が振り下ろされる。
細い腕で剣を掲げた瞬間――ブレードさんが叫んだ。
『ナギ、構えろ! “勇者の一閃”を解き放て!』
青い瞳が光を映し、僕の唇から自然に声が零れた。
「……お願い、エルセリオン! 僕を――守って!」
聖剣の刀身がまばゆい光を放ち、氷狼の爪を受け止めた。
火花のように散った氷片が空に舞い、白銀の戦場を照らす。
聖剣の光に弾かれた氷狼は、咆哮と共に後退した。
吹き荒れる雪煙が視界を覆い、氷の棘が嵐のように飛び交う。
細い肩を震わせながらも、僕は青い瞳を逸らさなかった。
「……怖いよ。でも……僕は勇者なんだ!」
裾をぎゅっと握り、震える指で再び剣を構える。
その瞬間――ブレードさんの声が胸を震わせた。
『よく言った、ナギ。ならば見せろ。“勇者の証”を』
刀身が脈動し、僕の全身に熱が流れ込んでいく。
華奢な体に似合わないほどの力が、細い指先から迸った。
「……っ、これが……!」
青い瞳が眩い光を映し、僕は小さく震える声で叫んだ。
「――勇者の一閃!」
振り下ろした瞬間、聖剣から放たれた光が氷の大地を裂き、
氷狼の巨体を真正面から打ち据えた。
轟音と共に雪煙が爆ぜ、氷狼の毛並みが一瞬、白銀の火花に包まれる。
だが――倒れなかった。
「嘘……効いてない……?」
息を呑む僕に、セレスが鋭く声を飛ばした。
「効いている! だが奴は結界と繋がっている! 中途半端では破れぬ!」
氷狼の蒼い瞳が再び光を宿し、氷塊をまとった尾が薙ぎ払う。
ドランが盾のように立ちはだかり、リィナが叫んだ。
「ナギ! ここで決めなきゃ、私たち全員凍り付くわよ!」
「ナギ、大丈夫! 私が癒すから!」
フィオナの祈りが背中を包む。
胸の奥が熱くなる。
震える膝を押し上げるように、ブレードさんが囁いた。
『見せてやれ、ナギ。お前が震えながらも進む、その一歩こそ――勇者の力だ』
濡れた黒髪が頬に張りつき、青い瞳が強く輝いた。
僕は再び聖剣を掲げ、声を震わせながらも絞り出す。
「……僕は……僕なんかじゃない! 僕は、勇者だ!」
刀身が大地を照らし、氷狼の咆哮が応じる。
試練の核心――次の一撃で決まる。
氷狼の咆哮が雪原を震わせた。
巨体が跳ね、氷の爪が空を裂いて迫る。
『ナギ、今だ!技を解き放て!――“勇者姫の一閃”!!』
「ゆ、勇者姫って何それぇ!? や、やめてよそんな呼び方ぁっ!」
頬が真っ赤に染まり、裾をぎゅっと握りしめる。青い瞳が潤み、思わず声が裏返った。
「ぼ、僕は姫なんかじゃ……!」
『言え!照れるな!言霊でこそ聖剣は応える!』
「~~っ! し、仕方ないでしょぉ! 《シャイニング・プリズム》っ!!」
叫んだ瞬間、刀身が虹色に輝き、氷狼の爪を押し返した。
閃光が雪煙を切り裂き、白銀の世界を虹色に染め上げる。
「な、なんだ今の光……!」
「勇者が、姫って……!?」
周囲の兵や民がざわつき、ナギはさらに顔を真っ赤にして目を逸らした。
「ち、違うからぁっ! ぼ、僕は勇者で……!」
だが、その瞬間――刀身がさらに強く脈動した。
『よくやった、ナギ。次は本命だ。“聖剣解放”、放て!』
氷晶の祭壇全体が震え、氷狼の蒼い瞳が初めて怯んだように揺れる。
細い指で柄を握り直し、ナギは青い瞳をまっすぐ見開いた。
「僕は……逃げない! 僕が勇者だ!――《ルミナス・ブレイク》っ!!」
刹那、聖剣エルセリオンが真昼の太陽のような閃光を放ち、氷狼を包み込んだ――。
氷狼の咆哮が掻き消されるほどの閃光が、氷晶の祭壇を包み込んだ。
雪と氷が一斉に砕け、白銀の世界が光の奔流に呑み込まれていく。
「……っ、まぶしい……!」
細い腕で剣を掲げるナギの姿が、光の中心に浮かび上がる。
濡れた黒髪が頬に張りつき、青い瞳が炎のように輝いていた。
『見よ、ナギ。これが聖剣の真価――“絶対拒絶”。偽りも災厄も、この刃の前では塵に帰す』
氷狼の巨体が震え、結界に繋がる氷鎖が次々と砕け散る。
やがて、その蒼い瞳から敵意が消え、静かな光へと変わった。
「……嘘……倒したの……?」
フィオナが両手を胸に当て、祈るように呟く。
「お、おい……マジかよ……!」
ドランが目を丸くし、大剣を肩に担いだまま呆然と立ち尽くした。
「やっぱり……勇者って、あんたなんだね」
リィナが剣を収め、安堵の笑みを浮かべる。
「理にかなっている。守護者が鎮まった以上、疑う余地はない」
セレスは冷静に頷きながらも、瞳にかすかな驚きを宿していた。
雪煙が晴れ、祭壇の中央でナギが静かに剣を下ろす。
裾をぎゅっと握り、肩を小さく震わせながら、それでも青い瞳を逸らさず前を見据えた。
「……僕は、勇者なんだ」
その呟きは、吹雪よりも確かに響いた。
氷狼は跪くように大地に伏し、白銀の毛並みを輝かせながら消えていった。
残されたのは、凛と立つ一人の“聖剣の勇者”。
「勇者ナギ万歳!」
「聖剣の勇者だ!」
群衆の歓声が、雪原を震わせる。
ユリシアはその光景を見つめ、氷の瞳をわずかに揺らした。
「……震えながらも、進む勇気……なるほど。少しは認めてもいいのかもしれませんわ」
その言葉に、ナギの頬が赤く染まる。
長い睫毛が揺れ、裾をぎゅっと握りしめながら、俯きがちに小さく呟いた。
「……ぼ、僕なんかで……ありがとう……」
ブレードさんがくぐもった声で笑う。
『ふっ、よくやったな――勇者姫』
「だーかーらぁ! 姫じゃないってばぁぁっ!」
真っ赤になったナギの声が雪空に響き、広場に笑いと歓声が広がった。




