王都での依頼
王城の謁見の間は、朝の光を受けて白銀に輝いていた。
高い天井に吊るされたシャンデリアが燦然と輝き、赤い絨毯の先には威厳ある王が座している。
僕は裾をぎゅっと握り、細い肩を小さくすくめた。
濡れた黒髪が頬に張りつき、青い瞳は緊張で揺れている。
「……僕なんかが、本当に……」
小さく漏れた声は、広い謁見の間に溶けて消えた。
「勇者ナギよ」
王が静かに口を開いた。
「北辺より報せが届いておる。永久凍土の奥に眠る古代の結界が、崩れつつあると」
ざわめきが広間に広がる。
宰相が一歩進み出て、巻物を広げた。
「凍土に封じられた“禁呪”の残滓が目覚めかけております。王都をも揺るがす脅威となりましょう」
その言葉に、裾を握る僕の指がさらに震える。
でも隣に立つ仲間たちの姿が目に入った。
ドランは腕を組んで豪快に笑い、リィナは真剣な眼差しで僕を支えるように立ち、フィオナは心配そうに手を合わせ、セレスは冷静に観察している。
『おいおい、ナギ。ここで“僕なんか”って言ったら格好つかないぞ?』
胸の奥で、ブレードさん――聖剣エルセリオンの声が茶化すように響いた。
思わず頬が赤くなり、唇を噛んだ。
「……わかりました」
かすれた声で、それでも前を向いて答える。
「僕が……僕たちが、その異変を止めてみせます」
王はゆっくりとうなずき、玉座から立ち上がった。
「聖剣の勇者よ。これが、そなたの正式な初任務である。北の雪国へ向かい、その地を守るのだ」
宣告の声が、謁見の間に高らかに響き渡った。
王城を後にし、石畳の街路を歩く。
冷たい風が吹き抜け、裾をぎゅっと握った僕の指がかすかに震えた。
「……北の雪国、か」
思わず口にすると、隣でフィオナが小さく笑った。
「ねぇナギ、知ってる? 雪国では“白雪祭”っていう祝祭があるの。孤児院の頃、ずっと憧れてたのに……一度も行けなかった」
頬を赤らめる彼女の瞳は、雪を待つ子供みたいにきらきらしていた。
「お前の夢、叶うじゃねぇか」
ドランが大きな手で背中を叩き、豪快に笑う。
「雪だろうが氷だろうが、俺の筋肉で吹き飛ばしてやる!」
「脳筋にも限度があるわよ」
リィナが呆れたように腕を組む。
「北の豪族はクセが強いし、あんたみたいなのは嫌われるわ」
けれどその目は、少しだけ僕の方を気遣うように揺れていた。
「豪族の癖はどうでもいい」
セレスが古文書を広げ、淡々と告げる。
「重要なのは“氷に封じられた遺跡”。聖剣エルセリオンが反応する可能性が高い」
『お、いよいよ俺の出番ってわけだな! 楽しみにしてるぜ、ナギ』
胸の奥でブレードさんの声が響く。
頬がまた赤くなり、僕は思わず黒髪を耳にかけて俯いた。
「……僕なんかで、本当に守れるのかな」
「いい加減にしなさいよ」
リィナが肩をすくめ、わざとらしく溜め息をつく。
「もう王に勇者って認められてるのに、“僕なんか”って……」
「でも、その弱気さも含めて……だからナギなんだよ」
フィオナがそっと手を重ね、微笑んだ。
その温もりに、裾を握る指先が少しだけ解けた。
北へ続く街道は、王都の賑わいから遠ざかるにつれて白さを増していった。
吹きすさぶ冷風が外套を揺らし、僕は細い肩を小さくすくめる。
裾をぎゅっと握る指先が冷え、吐く息は白く凍った。
「……やっぱり寒い……」
思わず漏らすと、ドランが大げさに胸を張る。
「はははっ! 寒さなんざ筋肉で燃やせばいいんだ!」
豪快な声が雪原に響き、フィオナがくすりと笑う。
「もう、脳筋は黙ってて」
リィナが呆れつつも、手を外套の中に差し入れて暖を取っている。
「……でも、私だって指がかじかんできたわ」
「寒さだけじゃない」
セレスが立ち止まり、凍りついた大地を見渡す。
「……何か来る」
次の瞬間、吹雪を裂いて黒い影が跳ね出た。
雪に溶け込むような白毛の狼――いや、目に宿る赤光はただの獣ではなかった。
「雪狼……しかも群れか!」
数匹の雪狼が包囲するように取り囲み、牙をむく。
裾を握る指先に力がこもり、僕は青い瞳を揺らした。
「……僕なんかに、戦えるの……?」
『迷うな、ナギ。お前はもう選ばれた者だ』
ブレードさんの声が胸の奥に響き、聖剣エルセリオンが淡く光を帯びた。
狼の一匹が跳びかかる。
反射的に剣を構えた僕の声が、吹雪に溶けるように震えた。
「……守るんだからっ!」
細い腕が振り抜いた瞬間、刀身から光が奔った。
雪原を白く照らす閃光が狼の群れを包み、彼らは悲鳴もなく吹き飛ばされていく。
沈黙が戻り、雪が静かに舞い落ちた。
僕は肩で息をしながら、裾を握ったまま剣を見下ろした。
「……僕でも……守れたんだ」
青い瞳に涙がにじみ、頬に張りついた黒髪が風に揺れた。
仲間たちの視線が温かく重なり、胸の奥が少しだけ軽くなる。
雪原を越えた先に、白く霞む影が立ちはだかった。
石造りの巨大な門。雪と氷に覆われ、まるで大地そのものが形を変えたかのように聳えている。
「……ここが、雪国の門」
裾をぎゅっと握り、細い肩をすくめながら僕はつぶやいた。
凍える風が黒髪を頬に貼りつけ、青い瞳に映る景色は幻想のように白い。
門の向こうには、雪に沈む街並みが広がっていた。
凍りついた川が橋の下で光を反射し、塔の屋根は銀の冠を被っている。
吐く息さえ煌めいて見えるほど、澄んだ世界。
「おお……すげぇな」
ドランが感嘆の声を上げる。
「まるで氷の宮殿だぜ」
「綺麗……」
フィオナが胸の前で手を組み、瞳を輝かせた。
「ずっと夢見てた光景だわ……」
リィナは腕を組んだまま、小さくため息をつく。
「……見た目は幻想的でも、豪族たちはそう甘くないはずよ」
「その通りだ」
セレスが淡々と告げる。
「氷に眠る遺跡の噂も、彼らの耳には届いている。歓迎というより、試されることになるだろうな」
やがて、氷の鎧をまとった兵士たちが門の上から姿を現した。
彼らは鋭い視線をこちらに向け、ひそひそと囁き合う。
「……女の子のようだな」
「いや、聖剣を帯びている。まさか、これが噂の――」
視線が突き刺さり、頬が熱くなる。
裾を握る指先が汗ばみ、心臓が跳ねた。
でも、胸の奥で脈動する光が背を押してくれる。
『怯むな、ナギ。ここからが試練だ』
ブレードさんの声が響く。
「……うん」
小さく返事をして、青い瞳をまっすぐ前へ向けた。
白銀の門が、ゆっくりと開かれていく――。




