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偽りの勇者、崩れる威信

 広場を包むざわめきは、結界の崩壊と同時に熱を帯びていた。

 砕けた光の粒がまだ宙を舞い、人々の視線はただ一人――僕に集まっている。


「……あの子が結界を……」

「いや、剣が応えたんだ。聖剣が……」


 囁きは驚きと畏怖に変わり、波のように広がっていく。

 裾をぎゅっと握る指が震え、頬は熱に染まる。

 でも、それ以上に胸の奥で高鳴る鼓動は、不思議な確かさをくれていた。


「ふざけるなぁっ!」

 怒号がざわめきを吹き飛ばした。

 群衆の前に立つクライドが、血走った目で僕を睨みつける。

 金髪を振り乱し、剣を抜き放つと、刃に映る顔は醜く歪んでいた。


「その剣は俺のものだ! 偽りの真似事で俺を貶める気か!」

 吐き捨てるような言葉に、胸がひりつく。

 でも――もう、怯えて俯くだけの僕じゃない。


 人々が息を呑み、誰かが叫んだ。

「そうだ! 二人で戦え! どちらが本物か、ここで決まる!」


「お、おい、やめろ! 危険だ!」

 止めようとする声もあったが、熱を帯びた群衆は止まらない。

 「本物の勇者を見せろ!」という声が次々と上がり、広場の空気は一つの結末を求めて燃え上がっていく。


 僕は細い指で聖剣エルセリオンを握り直す。

 脈打つ光が「退くな」と背中を押してくれる。

 濡れた黒髪が頬に張りつき、青い瞳に光が宿った。


「……分かった」

 小さく呟いた声は、ざわめきに飲まれながらも確かに届いた。

 ――逃げない。ここで、決める。


 クライドが咆哮と共に地を蹴った。

 重い剣が振り下ろされるたび、石畳が火花を散らし、広場全体が震える。

 力任せの斬撃に群衆が悲鳴を上げるが――僕の手は、自然に動いていた。


 エルセリオンの刀身が淡く脈動し、僕の細い腕を導く。

 華奢な肩が揺れ、黒髪が頬に貼りつくたび、鋭い金属音が鳴り響いた。


 ガキィィンッ!


 クライドの剣は、聖剣に触れた瞬間、力を失ったように弾かれる。

 反動で彼の手が痺れ、剣を取り落としそうになる。


「な、なんだこれは……!」

 クライドが目を見開き、必死に体勢を立て直す。

 でも次の瞬間、再び打ち込んだ斬撃も――


 ガンッ!


 エルセリオンがひときわ強く光り、まるで拒絶するかのようにクライドの剣を押し返した。


『見たか、ナギ。剣は嘘を許さない。真に選ばれた者の手にしか応えぬ』


 ブレードさんの声が、胸の奥に響く。

 僕はぎゅっと裾を握り、かすかに震える声で呟いた。


「……やっぱり、僕に……応えてくれてるんだね」


 群衆のざわめきが膨れ上がる。

「聖剣が……クライドを拒んでいる!」

「いや、あの子を選んだんだ!」


 僕の青い瞳が光を映し、聖剣の輝きと重なった。

 もう誤魔化せない。

 本物は――僕なんだ。


 聖剣に弾かれたクライドの剣が、石畳にガン、と突き刺さった。

 群衆が一斉に息を呑み、ざわめきが嵐のように広がる。


「見たか! 剣が……クライド様を拒んだぞ!」

「いや、違う! あの子――あの子こそ、聖剣に選ばれている!」

「勇者は……あの子だ!」


 歓声と悲鳴が入り混じる広場で、クライドは蒼白になりながら叫んだ。

「黙れ! 俺が勇者だ! 俺以外にあるものか!」


 必死に剣を引き抜こうとするが、刃は石畳に深く突き刺さったまま微動だにしない。

 逆に僕の手にあるエルセリオンは、脈動と共に眩い光を放っていた。


「……や、やめろ……俺を見ろ! 俺が勇者だって言ってるだろ!」

 クライドの声は掠れ、震えていた。


 リディアが顔を引きつらせ、声を張り上げる。

「そんなはずはありません! 勇者様の隣に立つ資格は、あの子には――!」


 セリオスは眼鏡の奥で汗を滲ませ、低く呟く。

「理屈に合わん……本当に“女の心”が鍵だというのか……?」


 ガルドだけが拳を握りしめ、苦しげに目を伏せていた。


 群衆の視線はすべて僕に向かう。

 裾をぎゅっと握る指が汗ばみ、肩が小さく震える。

 でも、その瞳には確かな光が宿っていた。


「……僕なんかでも……選ばれたんだ」


 その呟きと同時に、聖剣エルセリオンが高らかに光を放ち、群衆の心を完全に奪った。

 人々は次々に叫ぶ。


「真の勇者は、あの子だ!」

「偽りの勇者に従う理由はない!」


 その声は広場を埋め尽くし、クライドの威信を完全に打ち砕いた。


 歓声の渦が広場を包み込み、もはや誰一人としてクライドの名を口にする者はいなかった。

 人々の目は、濡れた黒髪を頬に貼りつけ、青い瞳に光を宿した僕――ナギに注がれていた。


「真の勇者だ!」

「聖剣が選んだのは、彼だ!」

「新しい時代が始まる!」


 押し寄せる声に、胸が熱くなる。

 細い肩は震え、裾をぎゅっと握りしめる指が汗ばむ。

 でも――もう俯かない。


「や、やめろ……!」

 クライドが膝をつき、必死に群衆に叫んだ。

「俺を見ろ! 俺こそ勇者だ! 俺が……俺が勇者なんだぁぁ!」


 その姿は滑稽で、哀れで、誰の心にも届かなかった。

 リディアは唇を噛み、セリオスは目を逸らし、ガルドだけが沈痛な顔で彼を見下ろす。


 やがて群衆が僕を囲み、誰かが声を上げた。

「勇者ナギ万歳!」

「聖剣の勇者だ!」


 歓声の渦に、思わず頬が赤くなる。

 青い瞳に涙が滲み、濡れた前髪の奥でこぼれそうになった。


『――見たか、ナギ。人は嘘よりも真実を求める。だが忘れるな、これは序章にすぎぬ』


 ブレードさんの声が、静かに心に響く。

 僕は小さく頷き、剣を胸に抱きしめた。

 その温もりは、拒絶ではなく「受け入れ」の証。


 こうして――僕は「偽りの勇者」を押しのけ、群衆の前で真の勇者として歩み始めたのだった。

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