光壁(ルミナス・ヴェール)
森を抜けた先に、小さな宿場町が広がっていた。
雨に濡れた屋根瓦が光を反射し、道の両脇には露店や旅籠が肩を寄せ合うように並んでいる。
人々の声と馬のいななきが交じり合い、ようやく“人の暮らし”に触れられた安堵が胸に広がった。
けれど、その空気にはどこか張り詰めたものが混じっていた。
広場に駆け込んできた村人が声を張り上げる。
「近くの村が魔物に襲われてるんだ! だれか助けてくれ!」
人々は顔を見合わせたが、誰もすぐに動こうとしなかった。
その沈黙が余計に不安をあおる。
「……僕たちが、行くんだよね」
声が少し震え、裾をぎゅっと握りしめた。
胸の奥に不安が渦巻いて、喉が乾く。
フィオナが柔らかな笑みで頷いた。
「ナギ、大丈夫。私たちが一緒だから」
ドランが豪快に親指を立てる。
「そうだぜ。お前ならやれる!」
リィナは腕を組んで、ふんとそっぽを向く。
「……足を引っ張らないでよね」
でも、頬がわずかに赤く染まっていた。
そのとき、耳奥に明るい声が響く。
『ふふん、勇者姫の初依頼だな! このブレードさんが派手に演出してやろうぞ!』
「ちょ、ちょっとぉ! だから勇者姫って呼ばないでってばぁ!」
裏返った声に周囲の人々が振り向き、僕は慌てて俯いた。
耳まで真っ赤になっていくのが分かる。
それでも――仲間たちの視線は、温かかった。
辿り着いた村は、すでに荒れていた。
畑は踏み荒らされ、家の壁は爪痕で抉られている。
住民たちは怯えた顔で身を寄せ合い、子どもたちは泣きじゃくっていた。
「ひっ……ひいっ!」
僕が姿を見せると、小さな子どもが母親の背中に隠れた。
でも次の瞬間、別の子が僕を見上げて叫んだ。
「見て! 女の子の勇者様だ!」
「ち、ちがうっ! 僕は女の子じゃなくて……!」
必死に否定したけど、頬は一気に熱くなる。
裾をぎゅっと握り、視線を逸らすしかできなかった。
そのときだった。
村外れの森から、複数の影が飛び出してきた。
牙をむき出しにした魔物の群れ――狼型の魔獣だ。
十匹以上が一斉に吠え、村を包囲するように散開していく。
「くっ、来やがったな!」
ドランが剣と盾を構え、前に出る。
リィナは鋭い突きを放ち、次々と斬り払う。
フィオナは震える住民を後ろにかばいながら祈りを紡いだ。
けれど、数が多すぎた。
ドランもリィナも徐々に押し込まれ、フィオナの光だけでは支えきれない。
僕はその光景を見て、胸がぎゅっと締めつけられた。
(また……僕は、仲間を失ってしまうの……?)
震える足を一歩踏み出す。
聖剣が微かに脈動し、冷たい手のひらに温もりを伝えてきた。
「ま、守るんだからっ!」
声が裏返り、涙が滲む。
でもその言葉に応えるように、聖剣が強く脈動した。
刀身から光が溢れ出し、空に巨大な紋章を描く。
それは複雑に絡み合う光の輪となり、村全体を包み込むように展開していった。
『よくぞ言った! 勇者姫よ――今こそ光壁を!』
瞬間、聖剣から放たれた光が半球状に広がり、村を覆う障壁となる。
突進してきた魔獣が牙を立てるが、触れた瞬間に霧散し、火球もすべて弾かれて消える。
轟音だけが残り、村の中は温かな光に満たされた。
「う、うそ……」
リィナが剣を握りながら呟く。
フィオナは涙を浮かべ、「守られてる……!」と胸を押さえた。
ドランも唖然とした顔で光の壁を見上げていた。
僕は震える細い腕で剣を掲げたまま、必死に叫んだ。
「み、みんなを……絶対守るんだからぁっ!」
声は裏返り、顔は真っ赤。
それでも――光の障壁は仲間も村人も、すべてを優しく包み込んでいた。
魔獣たちが霧散し、森は静寂を取り戻した。
残されたのは、温かな光に包まれた村と、剣を掲げて震える僕の姿。
『はっはっは! よくやったぞ、勇者姫! 攻めも守りも華麗にこなすとは、さすが我が主だ!』
「か、華麗とか言わないでぇっ! ぜ、全然そんなじゃないから……!」
声が裏返り、耳まで真っ赤になる。
けれど、村人たちは僕を見つめて口々に叫んだ。
「女神様だ……!」
「本当に……守ってくださった!」
「勇者様、ありがとう!」
子どもたちが駆け寄り、小さな手で僕の裾を掴む。
「女の子の勇者さま、かっこよかった!」
「ち、ちがうっ! 僕は女の子じゃなくて……!」
必死に否定したけれど、顔は熱くなるばかりで、涙まで浮かんでしまった。
仲間たちはそんな僕を見て、優しく笑っていた。
ドランは豪快に肩を叩き、「お前、本当に頼もしいぜ!」
フィオナは両手を合わせ、「やっぱりナギは勇者様です」と微笑んだ。
リィナは頬を赤らめながら、「……ちょっとは認めてあげる」とそっぽを向いた。
セレスだけは光壁の余韻を見つめ、静かに呟く。
「“女の心”とは、強さだけではない。自分の弱さを認めてなお、人を想える心だ」
その言葉が胸に刺さり、僕は聖剣を抱きしめて俯いた。
その夜。宿場町の片隅で、人々は「聖剣を抜いた勇者姫」の噂を囁き合っていた。
それはやがて、王都にも届くことになる――。




