「勇者姫なんて呼ばないで!」
雨上がりの森。濡れた葉からぽたりと雫が落ち、静かな音が響いていた。
さっきの戦いの余韻がまだ残っている。あのまぶしい光、崩れ落ちた魔物たちの影――そして、僕の手に握られた聖剣エルセリオン。
「……こわい」
小さくつぶやき、僕は震える手を胸元に寄せた。華奢な指はまだ剣の感触を忘れられない。
自分が振るったなんて、とても信じられなかった。
「ナギ!」
駆け寄ってきたフィオナが、僕の腕をぎゅっと掴む。彼女の掌は温かくて、じんわり涙がにじむ。
「ありがとう……! あなたがいなかったら、みんな……!」
その目は本気で感謝していて、余計に心が痛む。
ドランも大きな手で僕の肩を叩いた。
「よくやったじゃねぇか! 華奢な体なのに、あんな光をぶっ放すなんてな!」
「ひゃっ……!」と情けない声が裏返る。思わず裾をぎゅっと握って、赤くなった頬を隠した。
リィナは腕を組み、そっぽを向いたまま鼻を鳴らす。
「べ、別にあんたがすごいなんて思ってないんだから。ただ……少しは見直しただけよ」
その横顔は赤くて、むしろ一番照れているのは彼女かもしれなかった。
セレスは冷静に、聖剣を見つめていた。
「やはり……伝承通りだな。“女の心を持つ者のみが聖剣を抜く”。そしてその力は、人を守ろうとするとき顕現する」
「女の心……」僕は呟く。
胸がちくりと痛んだ。だって僕は男なのに。女の子にしか見えないって笑われて、気持ち悪いって追放されて……。
そのとき、剣から声が響いた。
『むぅん! 見事な一撃だったぞ、勇者姫!』
「ゆ、勇者姫って呼ばないでよぉっ!」
顔が一気に真っ赤になる。僕は剣をぶんぶん振って否定したが、ブレードさん――聖剣エルセリオンの声は高らかに笑った。
『ははは! 可憐にして勇敢、儚げで強靭! まさしく勇者姫にふさわしいではないか!』
「ち、違うっ! 僕は……僕は男で……っ」
声が裏返り、涙目で抗議する自分が余計に情けなかった。
それでも、みんなの視線は嘲笑じゃなく、どこか温かかった。
その温もりに、胸の奥がじんわり揺れる。
――もしかして、僕は……ここにいてもいいのかな。




