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暴走する光の刃

 冒険者ギルドで次の依頼を受け取った僕たちは、早朝の道を歩いていた。

 依頼の内容は――「村を襲う牙狼の群れを討伐せよ」。


「牙狼か……噂では三十体はいるらしいな」

 セレスが本を閉じ、冷静に言った。

「統率性も高い。君がどこまで聖剣を制御できるか、良い観察になる」


「観察って……僕は動物じゃないんだからっ!」

 思わず抗議すると、リィナがぷっと吹き出した。

「まあ、確かにウサギみたいに怯えてるところは似てるかもね」


「う、ウサギじゃないもん!」

 裾をぎゅっと握りしめて抗議する僕に、ドランが豪快に笑った。

「ははっ! まあ可愛いのは事実だな! 村の連中もきっとびっくりするぞ!」


 その言葉どおり、依頼先の小さな村に到着すると、村人たちの視線が一斉に僕へと集まった。


「まさか……あの女の子が勇者様?」

「ずいぶん華奢だな……本当に戦えるのか?」


 ひそひそ声が耳に届き、頬が熱くなる。

「ち、違うんです! 女の子じゃなくて、僕は……!」

 慌てて手を振ったけれど、余計に人々の目が集まり、ますます顔が真っ赤になっていく。


『ふむ、姫よ。注目を浴びる姿、まさに舞台のプリマのようであるな』

「ぷ、プリマとか言わないでぇぇ……!」

 耳まで真っ赤になって叫ぶと、村の子どもたちがくすくす笑って手を振ってきた。


 僕は裾を握りしめたまま、心臓が跳ねるのを必死に抑えた。

 ――でも。

 この村を守らなきゃいけない。


 そう思った瞬間、ほんの少しだけ胸の奥が強くなった気がした。


 森の奥へ足を踏み入れると、湿った空気と血の匂いが漂ってきた。

 耳を澄ませば――低く唸る声。


「来るぞ!」

 ドランが盾を掲げた瞬間、茂みを突き破って牙狼の群れが姿を現した。

 十、二十……次々と数を増し、鋭い牙を剥き出しにして包囲してくる。


「ひっ……!」

 思わず後ずさる僕。細い肩が震え、裾をぎゅっと握りしめる。


「ナギ、下がってなさい!」

 リィナが前へ飛び出し、赤く煌めく剣で牙狼の一匹を切り裂いた。

「ふん、雑魚相手に怯えてる暇なんかないわよ!」


「ぐっ……! こいつら意外と重てぇ!」

 ドランが前列で踏ん張り、巨大な牙狼の突進を盾で受け止める。


「癒やしの光よ――!」

 フィオナが必死に詠唱し、仲間の傷を癒やす。

 彼女の祈りが温かく広がり、何とか戦線が保たれていた。


「……数が多すぎるな」

 セレスが冷静に呟き、魔力の弾を放つ。

 だが次々と迫る牙狼に押され、徐々に下がらざるを得なくなる。


 僕は聖剣を握りしめながら、一歩も動けなかった。

 ――怖い。

 細い腕が震え、喉が詰まる。

「ぼ、僕なんか……やっぱり無理なのかな……」


『姫よ、耳を塞ぐな! 震えも涙も、そのまま叫べ!』

 ブレードさんの声が頭に響く。


 でも……僕の声なんかで、本当に――。


 そのとき、巨大な牙狼リーダーが咆哮し、仲間へ飛びかかろうとした。

 リィナとドランが必死に構えるけど、押し切られそうになっている。


「ナギさん!」

 フィオナの必死な声が、僕の胸を突き刺した。


 咆哮とともに、巨大な牙狼が仲間へ飛びかかる。

 リィナが剣を構えるが、腕が震え、間に合わない――。


「いやっ……やめろぉぉぉっ!」

 僕は喉が裂けそうなほどの声を上げ、聖剣を振りかざした。

 華奢な腕がぶるぶると震え、涙で潤んだ青い瞳が光を映す。


『よく言った! さあ、姫よ――叫べ!』

 ブレードさんの声が胸の奥で響く。


「ひ、光れぇっ……ブレードさんっ!」


 次の瞬間。

 聖剣エルセリオンの刀身から、眩い光が暴発した。

 天を裂くほどの光柱が森を貫き、轟音とともに牙狼たちを吹き飛ばす。


 ドランの巨大な盾ごと押し返され、リィナの髪が爆風に舞う。

 フィオナの祈りの光がかき消され、セレスの外套がばさりと広がった。


「な、なんだこれ……っ!」

「ひぃ……森が……森ごと焼ける……!」


 僕は光に包まれながら、必死に聖剣を握りしめていた。

 細い指が柄に食い込み、腕は力なく震えているのに、剣だけが勝手に暴れているみたいだった。


『ハッハッハッ! 抑えるな姫よ! これが我の“序の口”だ!』


「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ! 止まらないんだけどっ!」

 声は裏返り、必死に制御しようとするが、涙で視界が滲むばかり。

 光の奔流は森を薙ぎ払い、牙狼の群れを一瞬で消し飛ばしていった。


 やがて光が収まった時。

 地面には巨大なクレーターが口を開け、焦げた匂いが漂っていた。


 僕は膝をつき、肩で荒く息をする。

「はぁっ……はぁっ……ぼ、僕……やっちゃった……?」


 仲間たちは呆然と立ち尽くしていた。

 リィナの目は見開かれ、ドランはぽかんと口を開け、フィオナは手を口元に当てて震え、セレスは「……記録に残す価値があるな」と冷静に呟いた。


 ――その場に立つ誰もが、僕をただの「弱々しい男の娘」ではなく、何か別の存在として見ていた。


 焦げた森の匂いが漂い、煙がゆらゆらと立ち昇っていた。

 牙狼の群れは跡形もなく消え、地面には巨大なクレーターがぽっかりと口を開けている。


 僕は聖剣を抱えたまま、泥に膝をついた。

 濡れた黒髪が頬に張りつき、青い瞳は涙で潤んで震えていた。

「はぁ……はぁ……ぼ、僕……なに、しちゃったの……?」


『フハハハハッ! 見たか姫よ! これぞ我が力の片鱗!』

 ブレードさんは得意げに笑い声を上げる。

『まだまだ解放は序の一歩……だが、今ので十分“勇者”と名乗る資格を証明できたであろう!』


「し、資格って……こんなの……」

 僕の細い指は柄をぎゅっと握りしめていた。

 怖い。制御できない。だけど、胸の奥が少しだけ熱い――。


 沈黙を破ったのは、リィナだった。

「……バカじゃないの、あんた」

 彼女は剣を鞘に収め、震える声で僕を指差す。

「森ごと焼き払うなんて……それでも勇者ってわけ?」


「リィナ」

 ドランが静かに制した。

 いつも豪快な兄貴分が、珍しく真面目な顔をしている。

「でも……あの光がなかったら、俺たちは全員死んでた。ナギは……俺たちを救ったんだ」


 フィオナが小さく頷き、微笑んだ。

「……ありがとう。怖かったけど、守ってくれて……」


 セレスは腕を組み、煙の向こうを眺めながら呟く。

「記録に残す価値があるな。人間の器を超えた力を持つ“勇者姫”……面白い」


「ゆ、勇者姫っ!? ちょ、ちょっと……!」

 僕の声は裏返り、耳まで真っ赤になった。

 裾をぎゅっと握り、必死に否定する。

「ぼ、僕は……そんな大それたものじゃ……」


『よいではないか、姫よ! これからは胸を張って名乗るがよい!』

「だから姫って言うなぁぁぁ!」


 仲間たちの間に、張りつめた空気と微妙な笑いが同時に広がった。

 僕はただ、小さな肩をすくめ、濡れた髪を振り払うことしかできなかった。


 ――こうして僕は、“勇者姫”としての第一歩を踏み出してしまったのだった。



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