ざまぁを求めて三千里 〜ゲーム世界に転生した私は悪役をひたすらザマァする〜
「嫌です嫌です嫌です嫌ですっ──どうかお願いです、私を捨てないでくださいぃぃ!!」
私は必死だった。
プライドも品性も投げ捨てて、婚約者であるアルベール王子の足に縋りついた。
今日は夜会で、大広間には多くの人たちが集まっている。
そんなのお構いなしに、私は涙をダラダラ流している。
彼に別の女ができたとしても別れたくなかった。
運命の相手だと信じていた。
だから私は、ドレスが汚れることも構わず、ただただ彼を引き止めようとする。
「見苦しいぞ、エレノア」
泣き落としなんて通じないとばかりに冷たい声。
「離れろ!」
そして――強い衝撃。
アルベールの蹴りが私の肩を直撃し、身体が宙を舞った。
ゴッ! と鈍い音と共に、後頭部が大理石の柱に激突した。
視界が揺らぎ、意識が遠のく中で、最後に見えたのはアルベールが「彼女」──茶髪の地味な少女──の手を取って立ち去る姿だった。
……痛すぎる。
頭が割れるように痛いんだけど……。
でも、それ以上に不思議な感覚が襲ってきた。
まるで霧が晴れるように、別の記憶が蘇ってくる。
──蛍光灯の下、パソコンに向かう私。
──「また残業?」と同僚が帰っていく音。
──深夜のコンビニ弁当。
──帰宅後、ビール片手にゲーム。
『ざまぁを求めて三千里』
ああ、私が最もやり込んでいたゲームだ。
悪役にざまぁして、ポイントを稼いで、自分を強化していく。
ストレス発散には最高だった。
「私……佐藤美咲……24歳……」
典型的なブラック企業に入ってしまい、慣れない営業を頑張っていた。
基本給は非常に安く、残業は多い私の、唯一の楽しみがこのゲームだった。
そして今の私は──エレノア・ローゼンベルク。
銀髪碧眼の公爵令嬢、16歳。
これは紛れもなく、あのゲームのキャラクターの一人だった。
サブキャラという微妙なポジションだった。
つまり、あの世界?
「私は……一体全体何をやっていたの?」
アルベールに縋りつく?
見苦しく泣き叫ぶ?
前世の記憶が戻った今、自分の行動が信じられなかった。
いくら婚約者とはいえ、あんな冷たい男に執着する理由が分からない。
その時だった。
目の前の空間に、半透明の文字が浮かび上がった。
日本語で。
【目覚めますか? はい いいえ】
「え……」
意味が分からない。
でも、ゲーマーの本能だろうか。
私は反射的に口にした。
「はい」
【システム起動中…】
【現在のざまぁパワー:0】
【自身のざまぁを達成、他者のざまぁの手伝いをすることにより、ざまぁパワー(以下ZP)が溜まります。ZPを使えば、自身を好きなように成長させることができます。ただし難しい要求にはそれ相応のZPが必要です】
普通の人なら混乱するだろう。
でも私には理解できた。
これは『ざまぁを求めて三千里』そのものシステムだ。
ゆっくりと立ち上がる。
頭の痛みはまだ残っているが、それ以上に心が晴れやかだった。
私は急いで動き出した。
大広間にはまだアルベールたちがいる。
婚約破棄の現場に立ち会っていた貴族たちも、まだ残っていた。
「あら」
私は優雅に微笑んだ。
エレノアの記憶にある、最高の笑顔で。
「私、頭を打って、ようやく目が覚めたみたいです」
「……エレノア??」
アルベールが不気味な物を見る目を向ける。
「ありがとうございます、殿下。おかげで正気に戻れました」
私はスカートの裾を摘んで、優雅に一礼した。
「誰かに執着していた自分が恥ずかしいです。婚約破棄、喜んで受け入れます」
場がざわめいた。
「お礼をしなければならないですね。殿下の真実の愛のお相手……ソフィア・ブラウンさんでしたね」
地味な少女──ソフィアが驚いた顔をした。
「男爵家の三女。王立学園には特待生として入学。成績優秀で、王子の家庭教師のお仕事をしていて……そこで恋に落ちた、と」
情報はエレノアの記憶から引き出した。
公爵令嬢として、王都の情報網は相当なものだった。
「それがどうした」
アルベールが警戒した様子で言った。
私は彼には反応せずに、くるりと振り返り、広間にいる貴族たちに体を向けた。
「皆様、本日は醜態をお見せして申し訳ございませんでした。ですが、これで良かったのです」
そして、爆弾を投下する。
「だって、王子は既にソフィア嬢との間に、内密の関係を持っていらしたのですから」
「なっ……!」
「証拠ならありますよ」
私は懐から手紙を取り出した。
「王子がソフィア嬢に宛てた恋文。日付を見れば、まだ私との婚約中だったことが分かります」
これもエレノアの記憶にあった。
彼女は既に二人の関係に気づいていて、証拠も掴んでいた。
恋文に関しては、彼女の弟を買収して、取ってこさせてあった。
そういう意味ではエレノアも結構危ない人物ではある。
この子はかなりの恋愛体質で、沼ると半端じゃないくらい相手を愛す。
それはもうストーカー染みたところがあるキャラだった。
それでも愛は本物で、好き故にいつかアルベールが自分を向いてくれると信じていた。
「婚約者がいながら他の女性と関係を持つ。しかも、その相手は身分の低い男爵家の娘」
貴族たちのひそひそ話が大きくなっていく。
「でも、私も解放されて清々しています。気がかりといえばアルベール様が真実を知っているのか、です」
「真実とはなんだ……?」
案の定、アルベールが食いついてきた。
そこで私は、すべてを教えてあげることにした。
ソフィアは地味な顔をして、かなりの男好きであることを。
未だに幼なじみの男とも関係を持っているし、騎士団のイケメンともそういう関係だし、週末は二十歳上のイケオジと不倫をしてたりする。
これは調査を徹底したエレノアの記憶にもあるし、ゲームのストーリーでもそうだった。
色んなストーリー分岐があって、最後までソフィアの行いはバレない時もある。
ただ、男たちとの関係自体は確実にあった。
「ッッ……!?」
自分が四番目の男だと知らされて、アルベールは言葉を詰まらせる。
王子である自分が、そこまでコケにされた経験などないから仕方ないでしょうね。
「あ、そうそう。ソフィア嬢、一つアドバイスを」
怯えた様子のソフィアに、私は優しく微笑んだ。
最強の悪意を込めて。
「王子も貴方に似ているのですよ。週末には娼館から娼婦を連れ出しますし、ブリン伯爵家の令嬢、ロット男爵家の令嬢、あと平民に五人ほど手を出しています。ここ三ヶ月で」
「な、な、なにを言うんだ!?」
衆人環視の中、動揺しまくりのアルベール。
額からの脂汗がすごすぎる。
ソフィアもかなりドン引きした顔をしているが、お前もあんまり変わらないからね?
「せいぜい、お二人で真実の愛とやらを極めてくださいね」
いくら王族だろうと、公爵令嬢であるエレノアをここまで侮辱することは本来許されない。
集まった王族や有力貴族たちの顔が渋い。
二人とも、かなり厳しいお仕置きがあるだろう。
私は踵を返して夜会会場から出ていく。
ドアを閉めた瞬間──頭の中にピロリンと通知音が響いた。
【ざまぁ達成!】
【ソフィアの不誠実を公開:ZP+500】
【アルベールの不誠実を公開:ZP+500】
【優雅な撤退:ZP+100】
【合計:1100ZP獲得】
わお!
ざまぁパワーがちゃんと貯まっている。
これはもの凄く有用な力だし、この力を使って活躍していくのが『ざまぁを求めて三千里』の楽しみなのだ。
それにしても、スッキリした〜。
この世界で生きていくしかないなら、やるだけやってみよう。
エレノア・ローゼンベルクとして……いや、ざまぁ令嬢としてかな。
◇ ◆ ◇
執務室に戻った私は、改めてシステムを確認した。
【現在のZP:1100】
【使用可能な強化メニュー】
リストが展開される。
かなり多い。
容姿強化1:200ZP
腕力強化1:200ZP
脚力強化1:200ZP
魔力強化1:200ZP
知力強化1:200ZP
……
ズラッと下まで並んでいる。
ゲームでは数百とかあったので、いかにコア向けゲームだったかがわかるね。
まずは、目的のものを探す。
ちなみに数字は1段階目の強化という意味だ。
1を取得すると、次は筋力強化2に成長させるためのZPが表示される。
1や2上げるだけでも、かなり成長するが、いまは取らないでおく。
アイテム強化:500ZP
「あった」
これが目的のものだ。
迷わず取得する。
これで残ZPは600か。
【アイテム強化:アイテムや物に特殊な力や機能を付与することができる。付与の都度、ZPを消費する。必要ZPは内容によって変化する】
これは最優先で欲しかった。
これがあれば、色んな効果を物に付与することができる。
例えば剣を折れにくくしたりも可能だし、熱を放つ石を作ったりなど、魔道具を生み出すこともできる。
難しい物を作るとZPの要求は大きくなる。
といっても、ゲームでは作れる物が限られていたけれど。
コンコンとドアがノックされる。
「お嬢様、よろしいでしょうか。いつものお飲み物をお持ちしました」
「どうぞ」
入ってきたのは、私付きのメイド、アンナ・ミーミルだった。
茶髪の女性で、誠実そうな顔つきをしている二十歳の女性だ。
ゲームでは、これといって情報がなかったキャラだ。
我がままなところのあるエレノアにもよく尽くしていた。
でもなんだか、顔色がだいぶ悪い。
ティーカップをテーブルに置いた彼女に、私は話しかける。
「アンナ、ちょっと座って」
「え? は、はい」
驚いた様子の彼女を椅子に座らせるなり、私は相手の目をジッと見つめる。
「なにか悩み事があるんじゃない?」
やっぱりあるみたいね。
アンナはどうしようか迷っている。
そこで私は誰にもいわないからと口約束して、困りごとを話させる。
「……実は、料理長から嫌なことをされています。ここ最近、それが激しくなってきて……」
身体を触られる、卑猥な言葉をかけられる、断ると仕事で嫌がらせをされると。
日本で言うならセクハラに該当するだろう。
この家では、立場は料理長の方が上なのでアンナは逆らうこともできなかった。
「ふむふむ」
私の中で、ゲーマー魂に火がついた。
「ねぇ、協力してくれる? そのダメ料理長に、ざまぁしてやりたいの」
「……ざまぁ?」
「ええ。思い知らせてやるってことよ!」
私は立ち上がった。
ざまぁがこんな身近にあったとはね。
私はまず、証拠集めから始める。
といっても、セクハラの証拠を集めるというのは中々に難しい。
ここで、先ほど得たアイテム強化を利用する。
私がこれをまず欲した理由は、汎用性が高いからだ。
ベッドの寝心地をよくしたり、速く走れる靴を作れたりもする。
さて、今回は録音機能の付いたアイテムを作りたい。
私は部屋中を探して、媒体となる物を探す。
「これがいいかな」
化粧箱に入っていたロケットペンダントを取り上げる。
ペンダントトップが開閉式になっている。
中には特になにも入っていない。
これに録音機能30秒と再生機能をつけたい。
保存できるデータはせめて2つはほしい。
【必要ZP 800】
おぉ……足りない。
では録音機能20秒では?
【必要ZP 700】
これでも足りない。
10秒まで下げると600なので、可能になるのだが、10秒では決定的記録を取るには厳しい。
ではデータ数を1に下げようか?
いや、でもアンナに対するセクハラと、もう一つくらいざまぁするための情報が欲しい。
部下へのパワハラとか。
あと200……貯めてみようか。
「アンナ、私ちょっと出かけてくるわ。戻ってきたら、もう一度相談しましょう!」
「はい。いってらっしゃいませ、エレノアお嬢様!」
私はすぐに着替えて家を飛び出す。
ざまぁのチャンスは世界のあらゆるところに存在するはず。
それを見つけるんだ!
午前中の町中散策は中々に刺激的だ。
日本とは全然違う文化。
近代ヨーロッパあたりをベースに日本を含めた色んな文化が入り混じっている?
日本人が考えたゲームがベースになっているからかな。
「あっ。……あの、割り込みはやめてもらえると……」
パン屋の前に行列ができているのだが、そこに並んでいた女性の前に割り込んだ男がいる。
それに対して、女性が文句を言ったのだ。
よく見れば、お腹が膨らんでいる妊婦だ。
「アァ? なんか文句あんのかこら?」
男は二メートル近い長身で筋肉も逞しい。
加えてスキンヘッドで人相も悪い。
すっかり妊婦さんも怯んでしまう。
「いえ……なんでもありません」
これだ!
私は満足げに前を向く男に声をかける。
「ちょっと、あなた。順番くらい守りなさい。子供だってできることよ!」
かなり強めの口調だ。
自分でも少しドキドキしている。
「おうおう、言うじゃねえか、姉ちゃんよ」
わかりやすい感じに、男が迫ってくる。
私に触れようとしたので、触られる直前で声をあげる。
「触るな! 私が誰か知ってて手をあげようとしているのでしょうね!」
「ハァ? どこの誰なんだよ?」
「ローゼンベルク家のエレノアよ!」
権力振りかざしたる~。
さすがに公爵家ローゼンベルクを知らない人はいないようで場が静まり返った。
問題は、庶民は意外と貴族の顔を知らないことだ。
特にエレノアは、箱入り令嬢でインドア派。
顔を知っている人が極端に少ない。
人々はまず私の明らかに質の良い服装に注目する。
さらに、並んでいた内の二人が会話を始める。
「エレノア様は、銀髪碧眼だと聞いた。本物じゃないか?」
「あの美しく気品のあるお姿、間違いない」
実際、エレノアはかなりの美人で上品さもある。
人々が敬意を示すと、さすがにスキンヘッドも青ざめてくる。
「私に手を出すということは、ローゼンベルク家への宣戦布告ということでよろしいですわね?」
「め、め、滅相もございません! どうか、お許しを!」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
まるで別人となったので、私はもう少し彼を叱責する。
「謝る相手が違います」
私がピシャッと言って、妊婦さんに目を向ける。
スキンヘッドは全力で謝り倒した。
プライドないねー。
列の最後尾に回るよう告げると、逆らうこともなくそうした。
「よかったわね。お腹の子を大切にしてね」
「エレノア様、本当にありがとうございます! 立派な子を産みます!」
妊婦の女性が感謝したところで、ざまぁ達成の通知がきた。
【割り込み男を成敗:ZP+100】
【妊婦に謝罪させる:ZP+50】
まぁ、こんなものか。
軽いざまぁだしね。
あと一回は必要なので、再びざまぁを求めて町をウロつく。
二時間ほど歩いていたところ、通りで事件に出会う。
店の中から飛び出してきた若い男が向かってくる。
少し遅れて、店主らしきおじさんが追う。
「食い逃げだ! 捕まえてくれ」
日本ですら食い逃げは未だにある。
より治安の悪いであろう、この世界なら普通なのかもしれない。
私はタイミングを見て、足をかける。
「痛っでえ!?」
「痛っ!?」
上手くいって、食い逃げ犯は体勢を崩して転んだのだが、私もまた衝撃で転んでしまう。
思った以上に、体幹が弱い。
しかし、食い逃げ犯は倒れたことで店主に追いつかれ、無事捕まった。
……私も身体強化しないと。
「ありがとうございます、おかげで助かりましたっ」
「クッソォ、邪魔しやがって。……覚えておけよ」
店主に感謝され、犯人には恨まれる。
【食い逃げ犯を成敗:ZP+100】
痛い思いはしたけれど、無事850ZP貯まったのでよしとしよう。
自宅に戻ると、私はすぐにペンダントに先ほどの録音機能を付与した。
ペンダントトップを指で叩くと、録音が始まり、もう一度叩くと停止する。
音を再生するには、長押しする。
「えーえー、私の名前はエレノアよ」
『えーえー、私の名前はエレノアよ』
うん、ちゃんと録音された。
音質はあまり良くないけれど、聞き取りに支障はない。
すぐにアンナを呼び寄せ、この録音ペンダントの説明を行う。
最初は驚いていたけれど、慣れるとすぐに使いこなせるようになった。
「これを使って、料理長の発言を録音しなさい」
「でも、もしバレたら……」
「大丈夫。私が絶対に守るから」
「お嬢様、心強いです……!」
アンナは覚悟を決めた顔をした。
大変だろうけど、頑張って……!
◇ ◆ ◇
三日後、十分な証拠が集まった。
「お嬢様、これを聞いてください」
録音された内容は酷いものだった。
アンナの情報通り、セクハラ発言の数々。
さらにアンナが同期に頼んで録ってもらった二つ目のデータには、食材の横流し情報まで入っている。
データを二つ保存できるようにしたのは正解だった。
「完璧ね。今夜、夕食の席でこれを暴露しましょう」
計画はシンプル。
食事の最中に、コック長の悪行を公開するだけ。
夜になり、いつも通り父と食卓を囲む。
エレノアには兄が二人、姉が一人、妹一人がいる。
しかし本日は全員(母も)不在で、父と私しかいない。
公爵である父は娘には優しいが、威厳があって聡明な人だ。
ゲームのイベントでは、ムカつく愛人と付き合っていたりもしたけど。
「エレノア、殿下の件は残念だったな。お前にはもっとふさわしい人がいるよ」
父が心配そうに話す。
婚約破棄の件は既に伝わっているのだ。
「いいえ、父上。むしろ清々しています」
「そうか……。まあ、あの王子は元々評判も良くなかった。それなりに処罰もあるようだ」
やはりこの父は優しい。
エレノアが愛されていたのがよく分かる。
それはそうと、頃合いだ。
「ところでお父様」
私は立ち上がった。
「本日の料理はいかがでしょうか?」
「うむ、今日のは素晴らしいよ」
今日のは?
少し気になるが話を進めよう。
「さすがローゼンベルク家が雇った料理人といったところでしょうね」
私が含みをはらんだ笑顔を見せると、父は首を傾げる。
「話したいことがあるので、料理長をお呼びしますね」
父は訝しげな顔をしたが、私は構わず執事に命じた。
部屋の壁際にいるアンナは不安げな表情だ。
だから私は柔らかい笑みで頷く。
さて、やってきたコック長は、50代の恰幅の良い男。
偉そうな態度で一礼した。
「ミルード、今日の料理は良い味だ」
「旦那様、お褒めいただき──」
「待ってください」
私は遮った。
そして懐からペンダントを取り出す。
「実は私、最近魔道具を作る魔法を覚えたのです。これは録音の魔道具。ある人物の、普段の様子を記録したものです」
嫌な予感がしたのか、コック長の顔が青ざめた。
「ではお父様、お聞きください」
ペンダントから、コック長の声が流れ始めた。
『おい、アンナ。今夜、俺の部屋に来い。気持ちよくしてやる』
『無理です……』
『ほう、料理長である俺に逆らうのか? とりあえず胸でも触らせろよ。ほら、早くしろ。ダメイドだって報告されてもいいのかっ』
あまりの態度の悪さに、場が凍りついた。
「な、何だこれは……」
「まだ続きがあります」
動揺する父に、私は二つ目のデータを公開する。
これはアンナではなく、厨房にいる他の料理人に頼んで録音してもらった。
『今月も、上等な肉を横流しした金が入った』
『料理長、本当に大丈夫なんですか?』
『貴族なんてバカ舌だし気づきやしないさ。安い肉に香辛料をまぶせば分からんだろ、ハハハ!』
父が机を叩きながら立ち上がった。
「……たまに変な肉が出ると思っていたが、クズ肉だったのだな」
「ちがっ、これはなにかの間違いでっ!?」
必死に弁明しようとする料理長に私は告げる。
「これだけの証拠があるのよ。なにを言ったところで無駄よ」
観念したようで料理長は床に膝から崩れ落ちた。
「今回の件以外にも、色々と悪事を働いていたそうです。うちのメイドが辞めがちなのは、彼に原因があったみたいです」
次々と暴露される悪行に、父は静かに命令を出す。
「すぐに衛兵を呼べ。罰を与える」
父の怒りは凄まじかった。
どうやら安い肉は毎回出していたわけではなく、たまにだったらしい。
だから父上たちも、たまに変だとは思っても口を出さなかった。
「どうか、どうかお許しをぉぉ……!」
情けなく連行されていく料理長。
その様子を眺めていると、システムが反応した。
【セクハラ料理長の秘密暴露:ZP+400】
【メイドの救済:ZP+300】
【合計:700ZP獲得】
婚約破棄ほどではないけど、かなりのものだ。
町中のちょっとしたイベントとはやはり違う。
私は満足して、食事を再開する。
この肉は……横流しのではなさそうね。
その後、部屋に戻るとアンナが泣きながら礼を言いに来た。
「お嬢様、本当にありがとうございました。うっく、ひっく……わたし、本当に辛かったんですぅ……」
「当然のことをしたまでよ」
「一生お嬢様にお仕えさせてくださいっ」
ZPだけじゃなくアンナの忠誠心も得たようだ。
こちらの方が価値があるかもしれない。
人を助けて、悪人をざまぁして、ZPも稼げる。
アンナが去った部屋で一人、私は小さく笑う。
「これは……楽しくなりそうね」
【現在のZP 750】
さて、次は何を強化しましょうか。
この世界での私の「ざまぁ道」は、まだ始まったばかりだ。