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宮殿の廊下を進むたび、石床に響く自らの足音が、やけに大きく感じられた。
柱の影を抜け、差し込む朝陽を浴びるたびに、まるで目に見えぬ誰かに試されているような錯覚を覚える。
謁見の間の扉が静かに開かれた。
冷たい石の空気が肌を撫で、奥からは香の残り香がほのかに漂ってくる。
玉座にはアメンカフが既に座し、列をなした官吏や軍司たちが、その下に控えていた。
アリシアは静かに一礼し、定められた立ち位置へと歩み出る。
「アリシア、来たか」
王の声は平坦ながら、確かな威を帯びていた。
「偉大なるラーの化身、ファラオに祝福の朝を」
アリシアは膝をつき、慎ましく挨拶を捧げる。
玉座の脇には宰相トフメスが控えていた。
一瞬だけアリシアに注がれたその目は、すぐ王のほうへと戻っていく。
「明日より豊穣の儀を執り行う。アリシア、おまえに神殿の采配を任せる」
その言葉に、アリシアは改めて頭を垂れた。
「仰せのままに」
王は小さく頷き、次々と報告が読み上げられていく。
地方での税の集まり、ナイル上流域の氾濫、東方との交易状況――
どれもが表層をなぞるように通り過ぎ、アリシアの胸には響かない。
そんな折、扉がふたたび開かれた。
「お許しを、陛下。朝の祈りが長引きましたもので」
柔らかく澄んだ声が広間に届く。
現れたのは第二王妃――ネフェルティナ。
艶やかな金髪が陽を受けて揺れ、細い金の帯を巻いた青のドレスが、空の色を写したように眩しかった。
その華やかさに、アリシアはわずかに目を細める。
「構わぬ」
アメンカフは目を伏せたまま、淡々と答えた。
感情の色はまったく浮かばず、ただ次の指示が続く。
「ネフェルティナには、祭の際の民への施しを任せる」
「仰せの通りに」
ネフェルティナは深々と膝を折り、長い睫毛の奥から王に微笑みかける。
「豊穣の祭は十日間におよぶ。皆、心してあたるように」
広間に香の煙がふわりと立ちのぼる。
その場に漂う空気すら、神聖な儀式の一部のようだった。
謁見が終わり、アリシアが退出しようとしたそのとき――
背後から、アメンカフの声が届く。
「アリシア。昨夜の件だが…あまり目立つ行動は慎め」
足を止め、アリシアは振り返らずに答える。
「…心得ております、ファラオ」
その直後、ネフェルティナがわずかに首を傾げ、声を重ねた。
「昨晩はたいそう寛大なご措置でしたわね。王家の恥とならぬよう、どうかお気をつけくださいませ」
声音はあくまで丁寧。
だがその奥に隠された棘は、確かにアリシアの胸に刺さった。
壇上に立ちこめる香の煙が、ふわりと揺れる。
陽光に照らされた粉塵が、まるで小さな火種のようにきらめいた。
けれどアリシアは何も言わず、ただ静かにその場を去る。
この玉座の間では、誰もがただ“役割”に従って生きている。
その冷たさと孤独を、アリシアは深く知っていた。