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誰よりも深く私を憎んで  作者: 紫苑
第一章 異国の王妃
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扉が静かに閉じる。

背後で灯りの炎が、パチパチと小さくはぜた。

セシルは歩みを止め、薄暗い回廊にひとり、立ち尽くす。


誰もいない静けさのなかで、振り返った先には、さきほどまで居た部屋の扉があった。

その奥にいる女――アリシア。


(……あの女が、“第一王妃”)


噂どおりの美貌。

けれど、それ以上にあの目が、気に食わなかった。

心の奥を覗くような眼差し。

強さと脆さ、そのどちらも孕んでいるような、あの光。


(私たちの国を裏切り、滅ぼした側の人間が、どうして、あんな目をする…)


胸の奥に、静かな怒りがゆっくりと広がる。

冷たく、重く、だが確かな熱を持って。


……だが、アシュマールの名を出されたとき。

思わず揺れたのは、自分のほうだった。


"血の谷"と呼ばれた美しい赤い谷。懐かしい故郷。


セシルは小さく息を吐いた。

あの戦ですべてを失った。

囚われ、奴隷としての刻印を押され売られた。


“本当の自分の名”すら、忘れかけていた。


(それでも……私は、決して忘れていない)


装飾のない石壁に、そっと視線を落とす。

灰にくすんだその色に、血に染まったかつての風景が重なる。


握った手のひら。

そこに残る、剣を握った痕――小さく浅い、しかし決して消えない傷。


それが、今の自分を支えていた。


セシルはゆっくりと背を向け、再び歩き出す。

夜の奥へ。

静かな足音が、石の回廊に溶け、やがて消えていった。


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