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似てるなんて、言わないで


西日が差し込む自室で、私はゆっくりと布団から顔を出した。

颯さんの指示により、今日は学校を休んでいた。


「はぁ……学校、休んじゃったなぁ……」


と呟きながら、ぼんやりと窓の外の夕空を眺めていると。


ピンポーン! と訪問者が来たことを告げる音を聞いた。


「誰だろう?」


うん。

部屋着だけどパジャマじゃないから、出られる。


部屋から出て、二階から玄関へ移動して、玄関のドアを開ける。


するとそこには、クラスメイトの双子、如月蒼きさらぎあおいさんと如月碧きさらぎみどりさんが立っていた。


ちなみに二人は、雪の攻略対象だ。


(なんだ、なんだ? 攻略対象がどんどん出てくるぞ?)


「……なんだ、美雨さんか」


蒼さんは無表情で、そんなことを言ってきた。


(はいはい。あなたの好きな雪じゃないですよーだ)


クラスメイトだけれども、面識はそれ以外ない二人に、内心はワクワクしながらも、首を傾げる。


「えっと……」


困惑気味の演技をした私に、碧さんはにこやかに笑う。


「こんにちは、美雨さん。雪君はいますか?」


おお。

さっそく、雪をご使命だ。

私は心の中で、ニヤリとしながら、


「ごめんなさい。今日は雪は雨宮先輩の家に行ってて、いません」


と答えた。


「雨宮先輩の家?」


にこやかな顔を苦しそうに歪ませた碧さん。


そう。

そうなのだ。

今ごろ雪は、雨宮先輩の家で、二人仲良くラブラブしているであろう。


くぅ!

壁になって見たい!!


内心、はあはあしていると、


「美雨さん」


と蒼さんに話し掛けられた。


「はい?」

「美雨さんは、ちゃんと聞いてる? 雪と雨宮先輩のこと……」


碧さんが慌てたように、蒼さんの肩を軽く叩いた。


「おい、ちょっとっ!」


碧さんが揺れる瞳を、私に向ける。


(おっ、これは、身内にバラして、二人を引き裂こうという魂胆か!?)


向けられた私は、にこりと笑う。


「知ってますよ」


何がとは、言わなかった。

雪のプライベートに関わることだ。

必要以上に、この二人に情報を与えることはしない。


本当は、『あの二人付き合ってるって知ってまーす!』と言いたいところだけれど。


ああ。

この滾る思いを誰かと共有することが出来ないのが、無念。


「そうか……」


蒼さんは、そう言って黙り込んでしまった。


「それで、雪に何の用ですか? 伝言があるなら――いや。仲良いなら連絡できるか……」


沈黙を破るように聞く。


「ああ。美雨さんに、今日のプリント」


そう言って、碧さんが自分のカバンをガサゴソとする。


「わざわざ、持ってきてくれてありがとう。でも、先生がメールに添付してくれるはずだけど……」


戸惑うように問えば、「あー」と碧さんが、プリントを私に渡しながら目を逸らす。


「雪君に会えると思って……」

「それは――」

「――美雨さんって、雪に顔、似てる……」


それは、どういうこと? と問い詰めよう(もっと詳しく!)としていた私の声を、蒼さんが遮った。


「え?」


突拍子もない言葉に、目をぱちくりさせる。


「目の色も髪の色も、背丈も違うけど、顔立ちはそっくり」


蒼さんの話を聞いて、じっと見定めるように私を見た碧さんも頷く。


「本当だ。なんで、今まで気づかなかったんだろう?」

「えっと……」


顔の整った二人に穴が開くほど見詰められ、どうしようもなく動揺した。


整った顔は、颯さんや雪で慣れているというのに。


(雪と私が……似てる?)


雪は可愛いと言われて、比べられるのは私だった。


『雪ちゃんは、可愛いね。けど、お姉ちゃんの方は……』


幼稚園の頃、知らないおばさん達が面白そうに囁いていた言葉。

それが、今でもぐさりと刺さっている。


だからか、乾いた笑いが出た。


「ははっ」

「美雨さん?」


首を傾げた碧さんとこちらを見ている蒼さんを睨む。


「嘘吐き」


低い声が出た。

二人を押しやる。


「え、ちょっと! 美雨さん!?」

「お、おい」

「二度と来ないで!!」


声を張り上げると同時に、私は玄関の扉を勢いよく閉めた。

ドンッ、と硬い音が響いて、扉越しに二人が何か言っている声がかすかに聞こえたが、もう聞きたくなくて、私は鍵をかけた。

そのまま背を向けて、玄関の冷たい床にへたり込む。


(……はぁ……何やってるんだろ、私……)


頬に手を当てると、ひやりとした指先にようやく自分の熱を自覚する。

胸の奥がざわざわして、鼓動が妙に速い。


(私が……雪に似てる? そんなわけ、ないのに……)


雪はあんなに可愛くて、小さくて、儚くて、綺麗で。

それに比べて私は、地味な配色で、背が高くて……。

子どもの頃から、可愛いなんて一度も言われたことがなかった。


雪と私が並ぶと、誰もが雪だけを褒めた。

当たり前だ。

雪は、見た目だけじゃない。性格も天使みたいに優しいし、誰に対しても気遣いができて……守ってあげたいって思わせる存在だった。


苦しいような寂しいような、感情も込み上げる。


(私は……雪に似てなんかないよ……)


ぎゅっと胸元を掴む。


コンコン。


扉の向こうから、ノックの音が響いた。

思わずビクッと肩が跳ねる。


「……美雨さん、いますか……?」


碧さんの優しい声だった。


「……帰って……」


私は扉に背を向けたまま、小さく呟く。


「美雨さん……さっきは……ごめん……」


謝らないで、と思った。

謝られたら、私が悪いみたいじゃない。

私が悪いのは知ってるけど、謝られたら、余計に惨めになる。


「美雨さん」


今度は、蒼さんの低く静かな声がした。


「別に……俺は、嘘をつきに来たわけじゃない。本当に、似てると思ったんだ」


本当に、似ていると思った?


両親が死んでから、雪は無理して笑うことが増えた。

家事も勉強も私よりずっとできて、いつもにこにこして。

私が体調崩すと、泣きそうになりながら看病してくれた。


そんな優しくて可愛い雪。


(似てるわけ……ないじゃん……)


膝を抱え込むと、涙がじわりと滲む。

でも、これだけは言わないと。


「……ごめんなさい」


絞り出すように声が漏れた。

言ったところで、何が変わるわけじゃない。

でも、言わないともっと苦しくなりそうだった。


扉越しに二人の沈黙が続いた後、碧さんが静かに言った。


「美雨さん。……また、学校で」


足音が遠ざかっていく。


私は立ち上がり、重い足取りで階段を上がった。


部屋に戻ると、ぐしゃりと布団に倒れ込む。

顔を枕に押し付けて、声にならない声を漏らした。


(私……何やってるんだろう……)


あの双子は、悪くない。

私と雪が、身内だから。

似てると、そう錯覚しただけ。

明日、謝らないと……。


ぐるぐると思考が渦を巻く。

泣きたいような、笑いたいような。

何もかもが空回りしている気がした。


階下から、玄関の扉が開く音がした。


「ただいま」


小さく聞こえた雪の声に、胸がきゅっと締め付けられる。


(……雪……)


寝たふりをしようと、毛布をぎゅっと握りしめた。

頬を伝う涙の熱は、いつもよりずっと冷たく感じた。


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