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【コミカライズ配信中】一心繚乱[ライト版]  作者: 星豆さとる
五章

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69.静かな日

 天上の楼閣は、静まり返っていた。

 いつもは月樹ユエシゥの侍女たちが舞を舞って花を生み出したり、小鳥の姿となって宙を飛んでいたりと、常に華やかさがある空間でもあった。

 ――その主を突然に喪い、皆が失意の元にいるのだろう。

 ましてや、(らん)麒麟(きりん)が同時に空席となること自体、前例が無い。


「……阿静、君は先に水晶宮へと戻ってくれ」

尹馨(イン・シン)は……大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。俺は応龍(おうりゅう)として……彼らの息子として、やらねばならないことがある」

「……うん。傍にいてあげられなくて、ごめんね」


 尹馨と黎華(リー・ファ)がそんな話をしていた。

 互いに立場があるために、やはりここで一旦は離れなくてはならないようだ。

 尹馨は天上での取りまとめがあるし、黎華には変わらず水晶宮を守る義務がある。

 本音では添いたい気持ちが強いが、今は私情を交える時ではない。

 二人は静かに抱き合った後、こくりと頷いて互いに踵を返した。そうして黎華は、一人きりで下界へと降りていく。


「……誰かを付けなくて良かったの」

「黎静が断ったんだ」

「僕も一緒に降りるつもりだったのに」


 沈夜辰(シェン・イエチェン)が、そう言いながら姿を見せた。

 昔ような空気はとっくに消え去り、彼自身のこれからの向き合いがある。


「天狐・沈夜辰」

「――は」


 尹馨に名を呼ばれ、彼はその場で膝を折って頭を下げた。

 何を言われるのかは、察しているようだ。


「今よりお前の格を上げる。俺と共に、天上を守る存在となってくれ」

「……拝命いたします。この沈夜辰、天狐の名に恥じぬようこの先も天上に尽くすと誓います」


 鸞と麒麟が不在となった今、神座が空席のままでは問題が起こる。

 だとしても該当する人物は他にいない上に、候補として上がるはずであった獬豸(カイチ)白澤(ハクタク)も、その格を断っている。

 獬豸・沈梓昊(シェン・ズーハオ)はしばらくは謹慎したいと言ってすでに天上から去っているし、白澤・沈英雪(シェン・インシュエ)も黎華姫に仕えることを優先したいと理由があってのことだ。

 二人の心情は気にかかるが、それについては白澤が任せておいてほしいと伝えてきているので、大丈夫なのだろう。


「……僕の勝手な予測だけど、そう遠くはない未来に、神座は埋まると思う」

「夜辰?」

「こんな状況で言うのもおかしいけど……おそらく、黎華姫と沙鈴(シァリン)が、そのうち身籠ると思うんだ」

「それは……」

「命を司る応龍。あなたなら、魂を『花』として届けられるでしょ?」


 ――あの白銀の古樹で咲く、花を。


「そう、だな……」

「……僕は沢山の罪を犯して遠回りをした。赦してもらえたからこそ、これからは挽回して生きていく。だからあなたもしっかりしてもらわないと困りますよ、尹公子(・・・)?」

「夜辰……」


 沈夜辰からの、微かな嫌味の響きであった。

 彼らしいと言えばそれまでだが、尹馨はその響きを苦笑で受け止める。

 ――悲しんでいる暇などはない。何より天狐がすでに覚悟を決めてくれているのだ。尹馨はそれに応えねばならないし、しっかりと束ねていかなくてはならない。


「ありがとう」

「……嫌だな、僕に礼なんて言わなくていいのに」


 むしろ、罵倒されるべきでもあったかもしれない。

 関わりがほぼ皆無であったと言えども、沈夜辰の実母が犯したこの顛末だ。


「ねぇ、尹馨」

「……うん」

「どこまでも自由奔放だったね、僕らの『父』と『母』は」

「そうだな」


 遠い昔を思い出す。

 無駄な殺生はならぬとどこまでも厳しかった尹老師、そして友になってやれと囁いた月樹。

 彼らはこの行く末を少しでも感じ取っていたのだろうか。

 かつての天狐――友であったもののために、彼らが最後に選択したものは、弟子や実子にとっては残酷にも思えたかもしれない。

 たくさんの生命と時代を統治し、下界のヒトをも全て愛した。


 ――また、三人で。


 最後の言葉が心に深く残る。

 自分たちの知らないずっと過去。尹光馨イン・グァンシン流喜(リゥシィー)月樹(ユエシゥ)が個としてただ幸せな空間で笑い合っていた頃。

 当然として尹馨も沈夜辰も知らぬことでもあるが、彼らの意識はそこへと流れて行っているのかもしれない。


 尹馨は遠くの天を見上げた。下界の空とは違い橙や桃色に偏光しながら存在するそれに目を細めつつ、思いを馳せる。


「……偉大なる父よ、母よ。どこかでいずれは、また」


 めぐり逢いはいつの日か必ず交差する。

 だからこそ残された者たちは、前を向いて一歩を進んでいかねばならないのだ。


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